第116話【指定封印/閲覧不可】№05-03

(な……んだ?)


『走馬燈に近い状態かな? いや、極限の緊張と恐怖から魔聖力が暴走して肉体と精神が活性化している感じか。身体能力強化の魔聖法でも似たようなことは出来るけど……ふむふむ。興味深いね』


 ぐるぐると、本がジスプレッサの周りを飛ぶ。


『これは反動がキツそうだね。しばらく立ち上がれなくなるかも。ドンマイドンマイ……ん?』


 ぴたりと、本がジスプレッサの顔の前で止まった。


『ありゃありゃ。泣いちゃっているのか』


 涙を流している実感は、ジスプレッサになかった。

 ただ、泣きそうな心境ではある。


『悔しいのかな?』


 心の奥のどろどろの火種に、あっさりと火をつけられたジスプレッサは答える。


(うん……そうだ。そのとおりだ。私は、悔しいんだ。貴族になりたいのに、誰かの手助けが必要な自分が……魔獣を前にして、動けなくなるような自分が……情けなくて、悔しくて……)


 心の声を振り絞り、火種を燃やすジスプレッサに、本は聞こえているのか、うんうんとうなずく。


『そっかー。うーんどうしようかな。正直、何もしなくてもこのお話は解決するんだけど……女の子を泣かせたままにするのは、よくないか。PV的に』


 本は、なにやら意味不明なことを言いながら、悩んでいる。


『ジスプレッサちゃん。あなたが今抱えているその悔しさが、何よりも耐え難いものならば……克服したいと願うなら、私の言うことを聞きなさい』


 本から、暖かな光が漏れてくる。


 まるで、今は亡き母親になでられたような、暖かな光が。


 光と共に本の言葉が脳内にあふれてくる。

 その内容に、方法に、ジスプレッサは目を見開いた。


『……これは、本当はしなくても良いこと。でも、思い出しなさい。あなたが本当になりたいモノは、なに?』


 本が、消える。


 同時に、体の感覚がジスプレッサに戻ってきた。


 俯瞰していたような、白い視界も元に戻っている。


「ジスプレッサ様! 急いで!」


 ビィーがジスプレッサに縄を渡そうとしている。


 その縄を、ジスプレッサは受け取らなかった。


「ジスプレッサ様!?」


 ビィーの非難めいた声を無視して、ジスプレッサは『火の希望』を前に掲げる。


「何をするつもりですの?」


「もしかして、もう一度『火の希望』を放つつもりですか? それは、無駄です。あの『ヴァイス・ベアライツ』は、おそらく焼けたのは表面のみで、まだ死にません。普通に打っても……」


 サロタープの質問も、ビィーの説明も、ジスプレッサは聞いていた。


 しかし、これからすることをやめるつもりはなかった。


(……私が、なりたいモノ)


 ジスプレッサは、左手に『火の希望』を。


 右手に、『魔聖石』を持つ。


 小さい『魔聖石』だ。


 質の悪い『魔聖石』だ。


 貴族になるためには、ぎりぎりの品質の『魔聖石』。


『立派な貴族になりたい』とジスプレッサは公言していた。


 それは、おそらくサロタープのような貴族なのだろう。


 ビィーのような、貴族なのだろう。


 そんな貴族に、ジスプレッサはなれるだろうか。


 貴族になるための儀式、十二神式では『魔聖石』の質が考慮されるという。


 この程度の『魔聖石』で貴族となって、『立派な貴族』になれるのだろうか。


 貴族の前に、なるべきモノが、ジスプレッサにはあるのではないだろうか。


「私は……『英雄』になりたい。祖父のような『大魔聖法使い』になりたいのだ! 『立派な貴族』は、その後だ!!」


 ジスプレッサは、『火の希望』に『魔聖石』を叩きつける。


『魔聖石』は、粉々に砕けた。


 ジスプレッサの『火の希望』は、祖父や叔父たちの『神財』で出来ている。


 そして、『神財』は『魔聖石』を捧げることで神から賜る武具である。


 ゆえに、『火の希望』に『魔聖石』を叩きつけたことで、変化が起きた。


『火の希望』は、主に『英雄』であったジスプレッサの祖父の『神財』を再現することに力を注がれ、叔父や叔母の『神財』もそのために使われている。


 その叔父や叔母の『神財』が、ジスプレッサが叩きつけた『魔聖石』によって目を覚ました。


 砕けた『魔聖石』が、キラキラと輝きながら『火の希望』に吸収されていく。


 変化した『火の希望』に何が出来るのか、本能的にジスプレッサは察した。


 叔父の『神財』『水樫の槍』の力で水の槍が現れる。


 その水が、爆発的に熱せられていく。


 100度以上に熱せられ、すぐにでも蒸気に変わるはずの水の槍は、しかしまだ液体のままだった。


 水の槍の、ままだった。


 その、過高温とも言うべき超高温の水の槍を、叔母の『神財』『風柳の鞭』の力でジスプレッサは高速で射出する。


「『火の願望』」


「ガァッ!?」


 過高温の水の槍は、たやすく『ヴァイス・ベアライツ』の胸部を貫いた。


「弾けろ」


「ガァ……ガッ!?」


 水の槍が瞬く間に沸騰し、『ヴァイス・ベアライツ』の体内で爆発する。


 水の槍の爆発は、『ヴァイス・ベアライツ』の胸に大きな穴をあけた。


 ジスプレッサは、貴族になるための『魔聖石』を失った。


 しかし、代わりに彼女の心の奥のドロドロとした火種は完全に消えていた。

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