第115話【指定封印/閲覧不可】№05-02
「……すさまじい火力ですわね」
万が一に備え、いつもで逃げ出せるようにとジスプレッサと一緒にビィーに抱きついているサロタープが賞賛してくれる。
だが、あまりうれしくはなかった。
レベル8の魔獣さえ燃やした『火の希望』だが、そこまでの火力が出せたのは、ビィーが準備をしてくれたおかげなのだ。
「さすがです。ジスプレッサ様」
ビィーが、その幼くも整っている顔を優しい笑みに変えてほめてくれるが、ジスプレッサの心の奥にあるじりじりとくすぶるどろどろの火種は、なくなることはなかった。
暑い。
熱い。
燃えそうだ。
「ん?なんだか、暑いですわ?」
「あ、しまった。ジスプレッサ様。『氷の魔石』を交換します!」
『火の希望』の反動でジスプレッサの周辺が熱を持ち始めたことに慌てたビィーは、ジスプレッサとサロタープに巻き付けていた縄を外す。
ビィーは、手慣れた様子で、ジスプレッサの『氷華の衣』の魔石を交換していく。
「……すまない、少年」
「いえ、これが仕事ですので」
魔石の交換の様子をじっと見ていたサロタープは、ジスプレッサに話しかける。
「『魔聖具』の反動、ですか? ずいぶんと強力のな『魔聖具』ですのね」
「……祖父の形見だ」
『氷華の衣』がジスプレッサの熱を払っていく。
体は楽になるが、しかし、まだ心の奥の火種は消えていなかった。
ドロドロにくすぶる火種がどんな感情なのか、ジスプレッサによく分からない。
ただ、熱い。
「形見……もしかして、ジスプレッサ様の御爺様は、『英雄』だったのですか?」
「ああ。貴族になった、『英雄』だ」
ジスプレッサの火種が、言葉になって少し出ていた。
その妙にとげのある言い方に、サロタープは不思議そうに首を傾ける。
「ジスプレッサ様は、貴族になりたいのですよね?」
「……ああ。魔聖石も手に入れたしな」
どろどろとした火種の粘度がより強くなったのを、ジスプレッサは感じていたが、目を閉じてどうにかやり過ごす。
「……え?」
一方、サロタープは、ジスプレッサの様子には気がつかなかったようだ。
それよりも、すでにジスプレッサが魔聖石を手に入れることに驚いている。
「ああ、そういえば話していませんでしたね。僕たちは、さきほど『白猪の長牙』から魔聖石を譲ってもらったのです」
「ええ、そうなのですの!? なんで、そんなことに」
「その話は長くなるので、またあとで……」
それでもまだ話を聞きたがっているサロタープをビィーはなだめていた。
そんな二人の様子を見て、ジスプレッサは大切にしまっていた魔聖石を手に取る。
親指の先ほど大きさの、あまりに小さな魔聖石。
その小ささと鈍い輝きを見て、ジスプレッサはこぼすように聞いてしまった。
「私は……貴族になれるのだろうか?」
ビィーに聞いたのか、サロタープに聞いたのか。
そもそも誰に聞いたのかも分かっていなかった問いに答えのは、サロタープだった。
「はい。ジスプレッサ様は立派な貴族になれますわ。ご安心してくださいませ」
サロタープの屈託のない笑顔に、ジスプレッサの心の奥の火種から、あまりよくない感情が沸いてくる。
「貴族になっても……貴族は、元平民を使い捨てるのだろう? 『閃光部隊』として、捨て石に使って……」
「『閃光部隊』……捨て石ですか? 私はそのような話を聞いたことはありませんが……」
サロタープは、ジスプレッサに近づくと、そっとその手をとった。
「大丈夫ですわ。ジスプレッサ様が『神財』を賜り、貴族になったときは、私が、出来る限り援助いたします」
「……出来るんですか? 今、誘拐されかけたばかりですよ?」
ビィーの空気を読まない発言に、サロタープは目をとがらせる。
「今はそんなことをおっしゃらないでくださいませ! 私の出来る限りの援助なので、嘘は言っていませんわ!」
「それは申し訳ございません」
ギャイギャイと言い合いをする二人を見ながら、ジスプレッサはぎゅっと魔聖石を握る。
心の奥にある火種は、残念ながらまだ消えていない。
「まぁ、そんな話はやめて、いいかげんに『ヴァイス・ベアライツ』を解体して……」
ビィーが、突然サロタープとジスプレッサに飛びついてくる。
「な、なにを……!?」
疑問は、すぐに解決した。
「ガ……ァァア……」
「うそ……生きている」
黒こげになった『ヴァイス・ベアライツ』が起きあがっていたのだ。
「ガァアアアアアアアアア!!」
断末魔、なのだろうか。
それにしてはあまりに雄々しく、力強い……憎悪に満ちた声である。
「逃げるぞ!」
ビジイクレイトが、縄をサロタープとジスプレッサに渡す。
縄を受け取ったサロタープは、慌てながら腰に巻き付けている。
「ジスプレッサ様!」
だが、ジスプレッサは動けなかった。
レベル8の魔獣が、死ぬ間際に見せた怒りの咆哮に、体が動かなくなったのだ。
(……なんで……)
あまりの恐怖に、魂が抜け出たのだろうか。
自分の動かない体を、斜め上から俯瞰しているような感覚に、ジスプレッサは陥っていた。
ジスプレッサは、まるで他人事のように現状を認識し、思考する。
(なんで、また動けない? 迷惑をかけている? さっきも、動けなくなったばかりじゃないか)
妙に白い視界が、さらにジスプレッサの思考を深く落とす。
ふと、横を見ると、腰に縄を結びつけているサロタープの姿があった。
(動けている。これが、本当の貴族。間近でレベル8の魔獣が怒っていても、すぐに立て直す)
魂が抜け出るほどに恐怖したジスプレッサとは大違いだ。
次に、ジスプレッサは自分の隣にいる少年をみた。
彼はよく自身のことを弱いと吹聴するが、どんな相手にも行動し、指針を示してくれる。
確実に、ジスプレッサよりも強い少年だ。
肉体もだろうが、精神も、強い。
(そんな少年を差し置いて、私は……)
ジスプレッサは少年をみる。
ビィーと名乗る、少年を。
(……あれ? なんだ、あの本)
見ていると、不思議なモノの気がついた。
ビィーの隣に、小さな本が浮かんでいるのだ。
あんなモノ、浮いていただろうか。
『へぇー、おもしろいことになっているわね』
ビィーの隣にいる本に思考が奪われていると、急に目の前に、本が現れた。
ビィーの隣にいる本よりも一回りくらい大きい本だろうか。
その本が、ジスプレッサに話しかけてきた。
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