第114話【指定封印/閲覧不可】№05-01

 ◇調査対象:ジスプレッサ





 ジスプレッサという少女には、昔、家名があった。


『ホウフラム』


 燃えるような希望という意味を込められたこの家名は、ジスプレッサの祖父が名乗りだした家名だ。


 そして、祖父の代で終わった家名だ。


 ジスプレッサの祖父は、数万人はいる真船の国シピエイルの冒険者の中でも数名しかいない『英雄』であったそうだ。


『大魔聖法使い』と自称していた彼は、普通の武具でも『神財』を持った貴族を相手に出来るほどに強く、『魔聖具』を使えば、貴族の騎士でも勝てる者はそう多くはいなかったという。


 そんな彼は、『魔聖石』を手に入れると下位の貴族となった。


 貴族となったあとも、平民のときと変わらずに、『英雄』のままで、時には『魔境』を開拓し、時には町にやってきた魔獣を倒して、人々を守っていた。


 しかし、ある日、『大魔境』が発生した。


 平民から貴族となった下位の貴族は、必ずこの『大魔境』の開拓に参加しなくてはいけない。


 実は、『魔聖石』を手に入れ、『神財』を賜っただけの平民は、正式な貴族ではない。


『大魔境』の開拓に参加することで、ようやく、本当の貴族として認められるのだ。


 そのため、ジスプレッサの祖父も『大魔境』の開拓に参加した。


『大魔聖法使い』の名前に恥じない、最前線に。


『閃光部隊』と呼ばれる、名誉ある部隊に。


『閃光部隊』が、ただの威力偵察に……いや、ただの捨て石にされている部隊であると知らずに、ジスプレッサの祖父は、子供たちと共に向かったのだ。


 そして、当時一番若かったジスプレッサの父を残して、『ホウフラム』家は滅んだ。


 残されたのは、ジスプレッサの祖父と子供たちが使っていた『神財』の残骸。


 その残骸で作られた、『魔聖具』『火の希望』だけだった。


 ジスプレッサは、その『火の希望』を扱うことだけが、望まれたことだった。

 

 ジスプレッサの父は、『火の希望』の反動に耐えることができなかったからだ。


『英雄』『大魔聖法使い』であったジスプレッサの祖父が使っていた火の魔聖法。


 その威力を再現することだけを望まれ、作られた『火の希望』は、祖父の『神財』だけではなく、ほかの子供たちの『神財』を使用することで、その目的だけは達成することができた。


 しかし、実際に使える『魔聖具』とはならなかった。


『火の希望』は、絶大な威力と引き替えに、使用すると使用者の周囲を高温にする反動があったのだ。


 そのため、『火の希望』を扱うためには、当然『火』の才徳が必要になるが、それに加えて『火の希望』の反動を押さえるために、『水』の才徳と『風』の才徳が必要なのである。


 貴族でさえ、2つの属性の才徳を持つ者は珍しい。

 3つになれば、上位の貴族の後継者として育てられてもおかしくないのだ。


 しかも、その3つは都合よく『火』『水』『風』である必要がある。


 そんな奇跡のような才能を持って生まれたのが、ジスプレッサだった。


 ジスプレッサが『火の希望』を扱うために必要となる才徳を持っていることを知った父は、彼女を厳しく育てた。


 他の兄弟とは違う教育に、ジスプレッサは辛さから逃げだそうと思ったこともあったが、それでも彼女は耐え抜いた。


 それは、彼女もまた、祖父のことが好きだったからだ。


 正確には、父から聞く祖父の話が好きだった。


 故郷で語り継がれる、祖父の英雄譚に憧れたのだ。


 だから、どんな過酷な訓練も耐えることができた。


 もう一度、『ホウフラム』家を再興するために。


 祖父の名声を取り戻すために。


 そして、何より、ジスプレッサ自身が、祖父のように『英雄』として、『大魔聖法使い』として、生きたかったのだ。


 しかし、現実は厳しかった。


 貴族になるために必要となる『魔聖石』の情報を手に入れたジスプレッサは、すぐに自分が一人では『火の希望』を上手く扱えないことに気がついた。


『水』と『風』の才徳を持っていても、『火の希望』の反動を完全に打ち消せないことは、家にいたときから分かってはいた。


 そのため、『魔聖具』の『氷華の衣』を身につけ、体温が上昇しすぎないようにしていたのだ。


 だが、『火の希望』の反動は、『氷華の衣』でも完全に消すことは出来なかった。


 家で訓練していた時は、『氷華の衣』だけで『火の希望』の反動を打ち消すことが出来ていたのだ。


 おそらくは実践と訓練の違いなのだろう。


 魔獣を相手に『火の希望』を使うと、訓練の時以上の火力が出て、訓練の時以上の反動が発生するのだ。


 一応、『氷華の衣』の『魔石』を取り替えることで、反動を軽減出来ることを発見したが、『氷華の衣』に使用する『氷の魔石』は重く、あまりたくさん持ち運ぶことが出来ない。


 それに、『氷の魔石』を交換するのも、魔聖力を使用しながら行わなくてはいけない。


 通常ならば、あまり複雑な操作ではないが、『火の希望』の反動を抑えるために『水』と『風』の魔聖力を使用しなくてはいけないジスプレッサが行うには、かなり難しい行為だった。


 ゆえに、ジスプレッサは『魔聖石』を獲得するための旅に出た直後から、同行してくれる仲間が必要になった。


 出来れば女性の仲間がほしかったが、『神財』を賜る貴族と違い、ほとんど素の肉体の力で戦わないといけない平民の女性が、冒険者になることはめったにない。


 まれに、ジスプレッサのように魔聖力の扱いに長けた女性が冒険者を志すこともあるが、本当に珍しいのだ。


 なので、ジスプレッサも男性の仲間を探したが、中々見つからなかった。


 一応、冒険者が集まる酒場などに行くと、声をかけられることは多い。


 主に、胸部を見られながら話しかけられるのだが、そういう男性はジスプレッサの年齢を聞くと青い顔をしてすぐに去っていくのだ。


 同年代の男の子は、ジスプレッサの年齢を聞いても逃げ出すことはないが、そのくらいの年代の男の子では、『氷華の衣』の魔石を交換する事ができなくて、仲間探しは難航した。


 そんな時だ。


 ジスプレッサが貴族の出来損ないの影武者をしていたというビィーに出会ったのは。


 彼に出会ったのは、まさしく運命だとジスプレッサは思っている。


 同年代の男の子で、『氷華の衣』の魔石を難なく交換でき、胸部を見られても不快ではなく、丁寧な言葉使いに好感を持てた。


 ここまででも完璧なのに、さらに彼は優秀だった。


 彼も今まで『魔境』に潜ったことはないとのことだったが、『魔境』に潜る前の訓練から、装備や回復薬、魔石などの道具類の調達など、あらゆる準備を任せることが出来たのだ。


 そして、特にジスプレッサが感心している点は、戦闘能力だ。


 ビィーと出会ったとき、彼はレベル1の『デッドワズ』に襲われ、逃げていたのだが、いざ『魔境』に潜り戦うと、彼は『デッドワズ』の群をたやすく斬ったのだ。


 本当に、出会ったとき逃げ回っていたビィーと、彼は同一人物なのか、ジスプレッサは未だに疑問に思っている。


 ビィー曰く、『業物の剣』を手にいれて、ジスプレッサの『火の希望』に頼っているから出来ることらしいが、正直そんなことであのような芸当が出来るのだろうか。


 ビィーは、『デッドワズ』の群を殺さずに、ジスプレッサが燃やしやすいように一カ所に集めているのだから。


 そんなジスプレッサへの疑問が、さらに強くなったのは、先ほどの戦いである。


 レベル5の『デッドリー・ボア』と、ビィーが対等に戦っていたのだ。


 レベル5の『デッドリー・ボア』など、どんなベテランの冒険者でも戦ったことさえない者も多く、もしも単独で倒せば間違いなく『英雄』になれる魔獣である。


『デッドリー・ボア』のとどめはジスプレッサが刺したのだが、いまいち喜べなかったのは、おそらく彼ならば一人で倒してしまえただろうと思えたからである。


 ビィーは、どれほど強いのだろう。


『デッドリー・ボア』を倒した後、最奥でレベル8の『ヴァイス・ベアライツ』に遭遇しても、恐怖を感じている様子はない。


 もしかしたら、レベル8の『ヴァイス・ベアライツ』でさえ倒せるのだろうか。


 仮に、レベル8の『ヴァイス・ベアライツ』を単独で倒せる実力があるのならば、彼は『勇者』と同等の強さを持っていることになるだろう。


 そんな、常に思っている疑問と想像を、ジスプレッサは一度捨てた。


 今は、その『ヴァイス・ベアライツ』が焼け焦げてジスプレッサの前に転がっているのだ。


 結局、『ヴァイス・ベアライツ』を倒したのはジスプレッサだった。


 ビィーは、ジスプレッサが『火の希望』を使うための準備をしていただけである。

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