第113話 『最奥』の主 6
「……という感じでいきます」
ジスプレッサたちのところへと戻ったビジイクレイトは、これからの流れを大まかに説明する。
「……あまり、私がすることがないですわ」
作戦を聞いて、サロタープが肩を落とす。
「うううむ……私にできるか……」
逆に、ジスプレッサは緊張してふるえていた。
作戦の内容は、おおまかにいうと『黒猫の陰影』が通路の奥へ『ヴァイス・ベアライツ』を誘い出し、ジスプレッサの炎で燃やすというものだ。
「サロタープ様は今、『神財』を使って『ヴァイス・ベアライツ』を押さえていますから。それに、『パンザーグラネット』はサロタープ様が彼らに持たせたモノですよね?なにもしていないというなら、僕の方がなにもしないですよ」
『本当だよ。なに楽をしようとしているのだい?』
マメがビジイクレイトに不満をぶつける。
『っていわれても、俺ができることなんてマジでないしな』
『ヴァイス・ベアライツ』のような強大な魔獣を相手に、レベル1の『デッドワズ』から逃げることしかできないビジイクレイトができることなどあるわけない。
今回の作戦も、ビジイクレイトの仕事はジスプレッサとサロタープを運ぶだけである。
『やろうと思えば出来るだろうに。まだPVは残っているだろう?』
マメの指摘に、ビジイクレイトは一度口を閉じる。
『……使うわけにはいかないだろ? 俺が貴族ってバレるからな』
『……そうかい。いや、そうだったね。ならば僕はなにも言うまい。そろそろ、作戦の時間だ』
マメの言葉を合図にしたかのように、『黒猫の陰影』から連絡がくる。
「こちらはスカッテンだ。準備が完了した」
「こちらは、ビィーだ。了解した。合図をするから、少し待っていてくれ」
「わかった。『ヴァイス・ベアライツ』がやけに大人しいが、まだサロタープ嬢の『神財』の前にいるのか?」
ずっとサロタープの『神財』の中にいる彼らには、外の様子が分からないのだろう。
「ああ、いる。ずっとこっちを見ているな。暴れられるよりはいいが……不気味だな」
「どうする? 俺たちは回復したし、そっちも動ける状態なのだろう? 作戦を決行出来ないなら、逃げるという選択も今なら出来るのではないか?」
「逃げると、借金が残るぞ? いいのか?」
ビジイクレイトが渡した回復薬や、任務の放棄の件を暗につげると、スカッテンはため込んだモノを吐き出すように答える。
「命の方が大切だからな」
「……心配するな。作戦は決行する」
ビジイクレイトはサロタープをみる。
サロタープは、しっかりとうなずいた。
「10から数えて、0になったらサロタープ様の『神財』を解除するから、手はずどおりに頼む」
ビジイクレイトに、サロタープとジスプレッサが抱きつく。
二人がしっかりとくっついているのを確認してから、ビジイクレイトは数え始める。
「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1……0!」
0と同時に、サロタープの『神財』が消える。
そして、一呼吸おいて、『ヴァイス・ベアライツ』に『パンザーグラネット』が放たれた。
「いきます!」
『ヴァイス・ベアライツ』に『パンザーグラネット』が当たっているのを確認してから、ビジイクレイトはジスプレッサたちをつれて、通路から飛び降りる。
しかし、広場には着地しない。
宙に浮いたまま、『ヴァイス・ベアライツ』が通路に向かうまで待つのだ。
刺さった『パンザーグラネット』が爆発しても、『ヴァイス・ベアライツ』に大きな傷はない。
しかし、確実に痛みは与えたはずだ。
怒りを生み出したはずだ。
だから、『ヴァイス・ベアライツ』は『黒猫の陰影』たちに向かって、怒りのまま突進する。
通路の奥まで、誘導される。
そのはずだった。
「……なんで?」
ジスプレッサがつぶやいた。
『ヴァイス・ベアライツ』が、『パンザーグラネット』が爆発してもそのまま立っていたのだ。
通路には、『黒猫の陰影』が様々な『魔石』を仕掛けており、それをジスプレッサの『火の希望』で誘爆させることで『ヴァイス・ベアライツ』を倒す作戦だ。
だから、通路の奥まで『ヴァイス・ベアライツ』を誘い出す必要がある。
なのに、『ヴァイス・ベアライツ』が動かない。
なぜ、どうして、そういう疑問と共に、絶望が少しだけその場にいた者に沸いてくる。
無駄に怒らせたレベル8の魔獣を相手に、罠もなく戦わなくてはいけない。
そんな無謀をこれからしなくてはいけないのか、そういう絶望。
まるで、数時間に及ぶ苦行のような時間は、しかしあっさりと終わりを告げた。
「ガァアアアアアアアアアアアアアア!?」
突然、『ヴァイス・ベアライツ』が雄叫びをあげて通路に向かって走り出したのだ。
「え、なんで……」
「疑問はあとで。降りますよ!」
ビジイクレイトたちは広場に降りた。
『ヴァイス・ベアライツ』は完全に通路の奥まで進んでいる。
「扉を閉じた! 今だ!」
スカッテンが通信で合図を送る。
「ジスプレッサ様!」
「『火の希望』」
いつでも打てるように準備していたジスプレッサの『火の希望』は、業火で『ヴァイス・ベアライツ』ごと通路を炎で包み込む。
炎は、仕掛けられていた『魔石』と反応し、さらに強く、大きくなった。
轟音と共に灼熱が通路を埋め、全てを燃やし、吹き飛ばす。
炎が消えると、そこには黒こげになった巨大な生き物が転がっていた。
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