第112話【指定封印/閲覧不可】№08-01

◇調査対象:ヴァイス・ベアライツ







 生物にとって、もっとも重要な事は何か。


 それは、生きる事だ。


 生きる物である以上、生きることを目的とし、生きるためには最善を尽くさなくてはいけない。



 ゆえに、必要なことは自分よりも強いモノと敵対しないことである。



 その不文律は、レベル8の魔獣である『ヴァイス・ベアライツ』にとっても同じであった。


 なのに、どこで間違えたのだろうか。


『ヴァイス・ベアライツ』はレベル8にふさわしい膂力と知性は持っていたはずなのに。


 人は、時として人を救わないことがある。


 そのことに、間違いはなかったはずなのに。


 なぜか、敵対しないと決めた人間が、『ヴァイス・ベアライツ』が遊んでいた人間を救っていた。


『ヴァイス・ベアライツ』はしっかりと確認していたはずなのだ。


『あの人間』が、『デッドリー・ボア』と戦っていた人間たちを救わなかったのを。


 なのに、なぜ今頃になって『あの人間』は、遊んでいた人間を救ったのか。


『ヴァイス・ベアライツ』には理解できなかった。


 理解は出来なかったが、『ヴァイス・ベアライツ』はまだ落ち着いていた。


『あの人間』が、まだ『ヴァイス・ベアライツ』を敵としているのか、わからなかったからだ。


 彼らは、縄のような物を使い、上の通路に逃げ込んでいた。


 そこから、動く様子はない。


 ならば、このまま敵対せずにすむのではないか。


 だから、『ヴァイス・ベアライツ』はじっと待っていた。


『あの人間』がどう動くのか。


 そのまま去っていってくれるなら、とてもうれしい。


 なのに、その願いが叶わなかった。


 上の方で、微かにだが、『あの人間』が、殺気を出したのだ。


 明確に、『ヴェイス・ベアライツ』に対して。


『ヴァイス・ベアライツ』は取り乱した。


 本能と、狂った思考から、『ヴァイス・ベアライツ』は遊んでいた人間が出した金属の壁のような物に突撃する。


 その金属の壁は、『ヴァイス・ベアライツ』が全力で攻撃しても簡単に壊れる物ではないことくらいは、わかっていた。


 しかし、それを壊さなくては、『ヴァイス・ベアライツ』は生きてここを出ることはできないだろうということもわかっていたのだ。


 上は、いつの間にか『あの人間』が蜘蛛の巣のように縄を張り巡らせており、脱出不能になっている。


 このままでは、殺される。『あの人間』に。


 そのことだけは、確信していた。


『ヴァイス・ベアライツ』は後悔していた。


 この壁を作り出した人間で遊んでいたことを。


 遊ぶのではなく、殺しておけばよかったと。


 そうすれば、『あの人間』の気分が変わることなく、敵対しなくてもすんだのではないか、と。


 悔やんでも過去には戻れない。


『ヴァイス・ベアライツ』は遊んでいた人間が出した金属の壁を壊そうと攻撃を続けていたが、しかしそれは長くは続かなかった。


『あの人間』が、遊んでいた人間が出した壁の中に、入ってきたからだ。


『あの人間』がいる壁に攻撃をしたら、それはもう明確な敵対行為になる。


 今ならば、上から逃げ出せるだろうかと思ったが、『あの人間』が握っている縄は、蜘蛛の巣のように張られたままだ。


 死の危険が迫っているのに、なにもできない。


 そのことに、『ヴァイス・ベアライツ』は苛立ちを募らせていく。


 しばらくして、『あの人間』が壁から離れていった。


 しかし、『ヴァイス・ベアライツ』は壁に対する攻撃を再開しなかった。


『あの人間』は、ほかの人間と一緒に何かをするつもりなのだろうと感じ取ったからだ。


 作戦を企てた人の強さを、『ヴァイス・ベアライツ』は知っている。


 もっとも、強いといってもこれまでの人は、遊びがより楽しくなる程度の変化しかなかったのだが。


 今回は違う。


 確実に、『あの人間』たちは、『ヴァイス・ベアライツ』を殺しにくるつもりだ。


 ならば、『ヴァイス・ベアライツ』ができることは一つしかいない。


 それは、必殺の瞬間を待つことだった。


 必殺の瞬間こそ、弱者が逃げ出せる最大の好機である。


『ヴァイス・ベアライツ』自身、そうやって餌となる魔獣を何度も逃がしてきたのだ。


 今回、逃げ出すのは『ヴァイス・ベアライツ』自身というだけである。


『あの人間』と、ほかの人が『ヴァイス・ベアライツ』を殺そうとする瞬間が、これからきっとくる。


 そのときに、『ヴァイス・ベアライツ』は全力を出して抵抗し、逃げねばならない。


 生きなくてはならない。


 なぜならば、『ヴァイス・ベアライツ』はまだ遊びたいからだ


 弱い人で、弱い魔獣で、弱い、この世の生きる物すべてで遊び尽くすのだ。


 そうやって覚悟を決めて、生きるための力を蓄えていると、動きがあった。


 遊んでいた人間が出していた壁が消えたのだ。


 誘われていると、すぐにわかった。


 あの通路の先が、『ヴァイス・ベアライツ』の死地なのだろう。


 普段は餌であり、遊び道具である人間たちが『ヴァイス・ベアライツ』をしっかりと見据えている。


 狩る者の目をしている。


 不遜だ。


 しかし、動くわけにはいかない。


『あの人間』が関わっている限り、少しの油断でもあれば、死ぬのは『ヴァイス・ベアライツ』だからだ。


『ヴァイス・ベアライツ』が身構えていると、人間たちが鉄の筒を構えた。


『デッドリー・ボア』に使っていた武器だろう。


 鉄の筒から打ち出された杭が、『ヴァイス・ベアライツ』に突き刺さる。

 

 しかし、浅い。


 杭が爆発するが、皮膚を焦がしただけですんだ。


 おそらく、何発打ち込まれても致命傷にはならないはずだ。


 だが、痛いモノは痛い。


 つい、暴れて、この痛みを生み出したモノたちを蹂躙し、殺したくなってしまうほどに、痛い。


 それでも、『ヴァイス・ベアライツ』は動かなかった。


 痛みのまま、恨みのまま、あの通路に向かうのだけは避けなくてはいけないのだ。


 動かない『ヴァイス・ベアライツ』をみて、鉄の筒をもった人間たちは驚いている。


『ヴァイス・ベアライツ』は想定外の行動ができていると考えていいだろう。


 このまま、広場にいるまま動かなければ、『ヴァイス・ベアライツ』は生き延びる可能性が高い。


 安堵と、生き延びたと思ってしまった弛緩が『ヴァイス・ベアライツ』に発生したときだった。


『あらー。しろくまさん。もふもふだねぇ』


 四角い物体。

 本と呼ばれる物体が、『ヴァイス・ベアライツ』の目の前に現れた。


『しろくまさんはー……くまくまと鳴くのかしら?分からないけど、もふもふではあるのよね』


 本が何かを話している。


 おそらくは、『ヴァイス・ベアライツ』が内容を理解できるように、『力』を落として。


『ああ、良いもふもふ。ちょっともふってもいいかしら……ダメね。少しでも、もふってしまうと情が沸いてしまうかもしれないものね』


 本は、ふよふよと『ヴェイス・ベアライツ』の周りを浮いていた。


『本当に、残念。でも、ごめんなさい。私の可愛いあの子は、なるべく『隠したい』って方針だから。そうすれば、きっと勘違いして油断するでしょう? あの『覗き魔』は、この『指定封印』を破れていない。まぁ、マメちゃんは、もっとあの子の活躍を見たいようだけど。そういうわけで、このまま君が動かないと困るのよ。だから……』


 本は、『ヴァイス・ベアライツ』の背後に回り、耳元で囁いた。


『死んで?』


 その声を聞いた瞬間。『ヴァイス・ベアライツ』はなにも考えることができなくなった。


 ただ、その場から離れなくてはいけないと、まっすぐに通路に向かって進んでいく。


 自分の死地へと、進んでいく。


『うふふふ……これでPVが少しは増えるといいけど。最終回詐欺はやってしまったし、こうやって意味深な伏線を張ってみて……効果はあるかしら?』


 通路の先で、爆発が起きる。


『ヴァイス・ベアライツ』の悲鳴のような叫び声が聞こえてくる。


『PVは大切だものね。柴犬もふもふのためにも』


『ヴァイス・ベアライツ』の最後を見ることなく、本は姿を消した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る