第28話 変わりゆく、私の視線
【
「いけね」
と、つぶやいてから、声に出してしまったことが「いけね」だわ、と内心ツッコんだ。どうも最近、考えが口をついて出てしまう。反射的にというよりは、頭で考えてたら、そのままつぶやいているのだ。ちょっとホラーにしては早すぎる。まだ春よ。
回れ右して、2年生の下駄箱に向かった。近づけば近づくほど、心か頭か、それとも第六感のような何かがピンと張り詰められて、鼓動が速まるのを感じる。気のせいか、いつもより視界が広くなったような。
理由はそれとなく、なんとなく、わかっている。彼女と会うのが怖いというか、でも彼女の顔を見ないと不安というか。あれだ、1年ぶりにイトコや親戚たちと会うと気まずい感じ。翌日には普通に楽しく遊べるけど、会ってすぐは会話しにくいやつ。
私の野生の本能らしき何かが目覚めたことを除けば、景色は昨日と同じだ。靴を脱ぎ、ひんやりとした床を靴下越しに感じながら上履きと入れ替える。次々と登校してくる人たちの邪魔にならないよう、手早く履くと、ちらりと斉藤の後ろ姿が見えた。
昨日参考書貸してもらったことだし、追いかけて話しかけてみるか。いやいや、「去年同じ部活だった」というだけで話しかけるのは気まずい。葛藤しているうちに斎藤は階段を上り始める。まぁ、いいか。
日光を受けて、のびのびと葉を広げている葉桜。それを窓越しに眺めながら、廊下を歩く。
すれ違った誰かと誰かが、ゴールデンウィークについて話しているのを小耳に挟む。ゴールデンウィーク。家でゲーム三昧、読書三昧の日々も悪くないけど、誰かと出かけるのも悪くないのかも、なんて私にしては前向きな思考。
なんか、頭が少しバカになったみたいだ。
【
チャイムと同時に、教室にすべりこんだ。前の席って、こういうときに役立つよね! あれ、でも後ろの席のほうがバレずに遅刻できるかな?
「小川さん、時間に余裕をもたないと。きちんと時間を逆算して……」
とか、なんとか、私に続いて入ってきた担任が言う。適当に返事をしておいて、私は席に着いた。別に、私だって好きで遅刻しそうになったわけじゃない。部活の準備ですから。昨日休んだぶん、副部長として責務をまっとうしただけです!
担任が今日の連絡事項を
メッセージを送ると、すぐにレナちゃんから「了解!」の返信。今朝、私がパソコンを立ち上げてフォルダを作っておいたから、放課後にレナちゃんたちがそれにデータを入れる、という段取りになっている。
何を隠そう、我が文芸部は1年のうち上半期がめちゃくちゃ忙しい。10月の文化祭に向けて、部誌を2冊作らなきゃいけないから。部誌というのは、私たち文芸部員が書いた小説をまとめた冊子のことで、パソコンで書いたそれをじゃりじゃり印刷して、大きいホッチキスでバチンバチン留めて作る。
「1年生が3人きたよ~」
と、部長が笑顔の絵文字と共に送ってきた。3年生が2人、2年生が私を入れて5人、そして1年生が3人になるのかぁ。部誌、分厚くなりそうだなぁ……。読みごたえはありそうだけど、ホッチキス作業で腕が大変なことになるなぁ。
「それでは、今日は午後から出張なので、あとはよろしくお願いしますね」
長かった担任の話が終わる。そっか、だから朝自習の時間なのにしゃべってたんだ、と遅まきながら気づいて、私はそっとスマホを机の中にしまった。
よし。今日の準備は万端。まずは1時間目の数学を、さくっと乗り切りますか!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます