第39話 スプリンクラーの生成
アルヴェール王国では『一週間のうち五日間働いて二日休む』というサイクルで社会が回っている。
そのサイクルに合わせると、今日は休日。
薬草園での仕事はなかなかその通りにはいかないけれど、今日は珍しくレイナルド様と私のお休みが重なった。
ということで、私たちはアトリエに集まり研究にいそしんでいた。
フラスコの底に沈むフェンネルの葉を揺らしながら、レイナルド様が微笑む。きらきらと日光を反射する透明感のあるポーションと、レイナルド様のアクアマリンの瞳は同じぐらいきれい。コトン、と音を立ててフラスコが置かれる。
「味、1だね」
「……っっ……ぁぁあ……なぜ……」
「大丈夫、でも悪くない味1」
レイナルド様はものすごく爽やかに告げてくださったけれど、どちらにしろ『味1』には違いない。私は肩を落とすと完成したての上級ポーションを小さなガラス瓶に入れ替える。
「し、しょ、食には相当な探求心を持って臨んでいるはずなのですが……」
「でも俺がいないと味気ないパンをかじってるでしょう?」
「さ……昨夜はリンゴジャムとチーズをのせました……」
私の答えに、レイナルド様は「上出来」と頭を撫でてくれる。こういうところは本当に小さな子どもに接しているみたいで、どうしたらいいのかわからない。そして、こんなことでふわふわとした気持ちに包まれる私はどこかおかしいのかもしれない。
とりあえず、フラスコ一つからポーション三本分ができた。治癒8、味1、特殊効果あり、のいつものポーション。これをレイナルド様が王宮内の錬金術工房に持っていき、生成者不明のまま流通ルートにのせる。
道具を片付けていると、作業机で私の手もとを眺めていたクライド様がふふっと笑った。
「フィーネちゃんがさっきみたいに喚くなんて新鮮」
「そ……そそそそうでしょうか」
「うん。かーわいい」
「……!」
クライド様のこういう感じもすっかり慣れた。でも、何だかいつもと雰囲気が違うので、フィオナ嬢、と呼ばれるかと思った。まさかそんなことをしないとは思うけれど。
クライド様は私が『フィオナ』だということをレイナルド様には伝えず、ずっと秘密を守ってくださっている。彼が誰に仕えているかということを考えると、私は不思議でしかない。
それどころか、フィオナとして会っているときに私が困ると助け舟を出したり、薬草園に来て相談にのってくださったりする。人当たりがよくて女性のご友人も多いクライド様は私のようにいろいろ失敗しないのだろうなと思う。もちろん、それはレイナルド様にも言えることだけれど。
気だるげに作業机に伸びるクライド様を見ていると、私の目の前にするりと一枚の布が下りてきた。犯人はレイナルド様だった。
「クライド、フィーネが困ってるからやめろ。……フィーネ、この前の設計図を書いたから見てくれる?」
「はっ……はい、あ、ありがとうございます!」
私はレイナルド様に薬草園で使う飛行型スプリンクラーの設計をお願いしていた。設計図は自分でも書けるけれど、より完成度を高めるならレイナルド様に書いてもらった方がいいのだ。
錬金術師が作る魔法道具は、設計図と特別な砂をもとに魔力を注いで生成する。そして必要があれば最後に魔石をつける。だから、この設計図がとても大切で。
「フィーネが持ち運べる大きさで広範囲に簡単に水を撒けるのがいいかなと思って」
「はっ……はい。すごい……速度や水量も離れた場所から調節できるようになっているのですね」
「ああ。フィーネが使うなら魔力の気配に反応するものでもいいかと思ったけど、ほかの人が使う可能性もあるからね」
「その方が商品化もしやすいです」
私の返答にレイナルド様は少し驚いたような表情を見せてから微笑む。
「フィーネは錬金術の話になると本当にしっかり喋るね」
「ご……ごごごごめんなさ……」
「そういうことじゃないよ。こっちのフィーネのほうが俺は好きだっていうこと」
「……!?」
予想外の言葉に固まると、レイナルド様はなぜか得意げに続けた。
「見て。フィーネが生成した魔石は風の属性を持たせても純度100のままだった。どちらかに偏ったり不純物が入るかと思ったけど、そんなことなかった。これってすごいことなんだよ。少なくとも、鑑定スキル持ちの俺はほとんど見た記憶がない」
「ほ……本当にそういうものなのですか」
「うん。今回ばかりは、鑑定スキルを持っているのが俺だけなのが残念だなって思った。この素晴らしい魔石をほかの人にも見てもらいたいぐらいだよ」
「あ……あ、あ、ありがとうございます……」
ここまで褒められるのはなかなかないことで。どうしたらいいかわからなくなった私は、設計図と砂を魔法道具生成用の作業台の上にのせて、手をかざし魔力を込める。
設計図に描かれた図と文字が浮かび上がり、宙に浮いて砂と混ざり合って光りはじめた。
「……すげえ。はじめて見た」
今度はクライド様の感嘆の声が私の耳に響く。そのまま魔力を注ぎ続けると、砂が設計図通りに形作られていく。そして、元が砂とは思えないつるりとした質感の丸い物体ができあがった。ちょうど、お茶を入れるポットぐらいの大きさ。
「で、できました」
「大丈夫?」
私はそのまま椅子に座りこみ、レイナルド様の問いに頷きだけで答える。想像以上に設計図は複雑だったので疲れてしまった。魔力は余っているのに身体が重い。手を伸ばして研究ノートを取り『体力:要改善』と書き込む。これはいつものことで。
スプリンクラーの上部についた取っ手を引っ張ると、魔石を収納するポケットがある。そこにさっきレイナルド様に褒め倒された魔石を入れて完成。
「へー。こうやって作ってるんだ? レイナルドもフィーネちゃんもほんとにすごいね?」
立ち上がったクライド様はみんなにコーヒーを淹れてくれる。香ばしくて温かな香りに包まれた休日の午後。
スウィントン魔法伯家に『フィオナ』宛ての手紙が届いたのはその翌日のことだった。
内容は、もちろん『デートへのお誘い』だった。
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