第8話 見習い錬金術師・ミア

 ミア・シェリー・アドラムは王立アカデミーを卒業したばかりの見習い錬金術師である。


 アカデミー在学中から錬金術に長け、その実技では特に優秀な成績を収めていた……はずが、最後の一年の成績はてんで振るわなかった。


 その結果、宮廷錬金術師としては採用されず、見習いとして王宮に出仕することになった。


「ミアさん。午後からの錬金術に使用する素材を揃えておいてください」

「……あのぅ、私、そういうのはちょっと」

「そういうの? 錬金術において、重要なのは必要なレシピや素材を揃えることです。あなた程度の魔力だったら、ここにいる者は皆持っています。このままではいつまで経っても見習いのままですよ」

「……!」


 ミアが頬を膨らませると、上司は涼しい顔をして部屋を出ていく。そして、ミアはひとりになった。たくさんの道具や薬草、素材の独特な匂いに囲まれて息を吐く。


(だって、必要なものを覚えていないんだもの。ただ葉っぱ三枚と魔石と水、とかならいいけど、その中にもランクとか種類が細かくあるみたいだし……。レシピを見れば書いてあるけれど、その症状にどれが適しているかは知識がないと……薬草の見分け方もだし……)


「あー! もう! フィオナ様さえいたらこんなことにはならなかったのに!」


 ミアは平民の家に生まれた。父親はおらず、母親と弟との三人暮らし。小さな頃は貧しい暮らしをしていたが、15歳を過ぎたころミアの魔力量はとても優れていることがわかった。


 この世界で『魔力』の使い道は『魔法』と『錬金術』のふたつ。精霊がいなくなり魔法が消えたこの時代、『錬金術』は人々の生活を支え守り豊かにする要である。


 将来、ミアが『宮廷錬金術師』として名を馳せる金の卵になりうることを察したアドラム男爵は、ミアの母親を第二夫人として迎え入れミアを養子とした。


 そのままミアは王立アカデミーに入学し、順風満帆な学園生活を送っていたはずだった。けれど、楽勝の毎日はそう長くは続かなかった。


「王立アカデミーの最後の一年は……本当に予定が狂っちゃったわ。まさかフィオナ様が気絶して、そのままアカデミーを退学されるなんて思わなかったんだもん」


 アカデミーに通い始めて早々、ミアはあっさり孤立した。貴族らしい振る舞いなんてわからなかったし、誰と誰が婚約しているとかそういう話は知ったことではない。


 絹のようなピンクブロンドに淡いグレーの瞳を持ち、はっきりとした愛らしい顔立ちのミアは、小さな頃から器量がいいと褒められてきた。


 男性からちやほやされるのはいつものことだったし、一方で女の子たちからひそひそされるのも慣れていた。だから、アカデミーで悪口を言われても全く気にならなかった。


 けれど、ある日真っ赤な顔をして声をかけてきた令嬢を見て心が変わる。その令嬢こそが、成績が優秀でしかも美人と評判のフィオナ・アナスタシア・スウィントンだった。


 内気で、鈴を転がすような声でゆっくりと話す彼女は、ミアにとって新鮮で妬ましかった。こんな風に、生まれつき恵まれて愛されて、しかも侯爵家の嫡男と婚約をしていて……。神様はどうしてこんなに差を与えるんだろう、自分がその場所にいたい、そう思った。


 だから、ミアはいろいろなところに少しずつ細工をした。人間関係はひとつ噛み合わなくなるとすぐに崩れ始めるものだし、たとえ強固なものだったとしても錬金術があれば壊しやすかった。


 錬金術の勉強は嫌いだったけれど、ミアはそういう部分に関しては努力を惜しまなかった。


(それをアカデミーでの試験勉強に、っていう人もいるけれど、地道な努力なんて冗談じゃないわ。誰かがいる場所にそのままそっくり成り代わるほうが100倍簡単だもの)


「はー。それに、どういうわけなのかエイベル様との婚約のお話も進まないし……」


 フィオナの場所には自分が座ったはずだった。それなのに、次期侯爵夫人になるどころか、こんなところで下働きをする羽目になっているのはなぜなのか。ミアにはその理由がわからない。


 頬杖をついて口を尖らせていると、パタパタと誰かが走ってくる気配がした。 


「ああっ! ミアさん、まだここにいたのですか! 早く薬草園へ。午後の仕事に間に合わなくなるわよ!」

「……はぁ~い」


 様子を窺いに戻ってきた上司に、ミアはやる気なく返答する。


(アカデミーを卒業するときに宮廷錬金術師に受かっていれば、こんな下働きなんてしなくてよかったのに! ……しかもこれ、永遠に上がれなくない?)

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