第6話 本心から目を背けて

 リネアがドロップキックの練習をすると言うので、シンはハーフとしてボール出しを行うことになる。

 シンが姿勢を低くし、片足をリネアの方向へ。リネアがハンズアップしたタイミングで送球。受け取ったリネアがラグビーボールをワンバンさせて、足を振り上げた。

 ラグビーボールの芯を捉えた音が芝生のグラウンドに響く。

 ゴールポールにラグビーボールが当たり、揺れて。振動する音が鳴った。


「ナイス」

「……やっぱり上手いね」


 唐突にそんなことを言うリネアにシンは首を傾げる。

 上手いのはリネアの方なのだ。ゴールポールに何度も命中させている。普通はゴールポールの間を抜けさせるのも難しいのに、意図的に当てているのだから。

 そんなシンの疑問とは裏腹に、リネアは訥々と言葉を紡ぐ。


「ボールは速いのに取っても痛くない」


 淡々と。


「どんなに距離が変わっても欲しい場所にボールを正確にパスしてくれる」


 シンを褒める。


「何より、仲間を活かすプレイをする事が、このボールを受ければ分かる」


 シンは照れ臭くて視線を彷徨わせ、リネアはニコッと笑顔を浮かべた。


「私たち、良いバディになったかもね」


 ハーフとスタンドオフはラグビーにおけるゲームメイカーだ。ハーフとスタンドのコンビネーションや技量が違う事でゲームテンポや勝敗すら変わってくる。

 スコットランド代表の伝説のコンビのような、技量とコンビネーションが合うだけで勝率がぐんっと上がることもあるのだ。

 もちろん、ラグビーにエースはいない。ポジションごとに求められる役割が違うだけ。

 そう理解していても。それでも。

 彼女と組んで試合に出てみたいとシンは思ってしまう。けれど。


「ラグビーに男女混合はないけどね」


 リネアが残念そうに言って、シンは静かに頷く。


「でも、お互いに成長し合える。支え合える。戦う場所が違っていても」


 シンは「っえ?」と驚いて顔を上げた。

 リネアは屈託のない笑顔で、シンに笑い掛ける。


「今度から一緒に練習しない? お互いにラグビー上手くなるために」


 そんな申し出を受けて、シンは後退りした。

 それを阻止するように、リネアはシンの腕を掴む。


「朝、一緒に練習する人いなくて。お願いできないかな?」


 リネアの申し出をシンは断ろうと思った。

 自分では不甲斐ないと。

 自分では役目を果たせないと。

 そう思っていたのに。


「……わかった」


 口から、心から零れ落ちたように、シンはリネアの要望を承諾していた。

 それからはあっという間に時間が流れた。

 楽で退屈な毎日ではなく、辛さや厳しさのある充実した毎日。

 まるで一年前に戻ったような感覚。もちろん、いきなり全ては戻らないけれど。

 それでも、戻れる気も戻る気もなかった場所に、またシンは戻ろうとしている。

 どうして、そう思ったのか。

 どうして、また練習をしようと思ったのか。

 どうして、またラグビーを真剣にやろうとしているのか。

 自分でもよく分からないまま。

 いや、知っていても気がつかない振りをして。どこかで思考を止めて。

 一度しかない十四歳の夏が過ぎていく。

 異国の地で。

 日本とは異なる文化や景色の中で。

 長くて、沢山の汗を流した夏休みが終わろうとしていた。

 八月末。九月から新学期が始まる前。

 入学する新入生たちや在学中の生徒たち、OBや保護者、そして、相棒が見守る中。

 Aチーム対Bチームの試合を報せるホイッスルが、グラウンドに鳴り響いた。

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