第23話

禁忌に触れまいとしようとしたら、新しい禁忌が誕生してしまった。


植物魔法はどれもだんだんと便利さより恐ろしさを感じ始めているのだが、品種改良はランダム性とギャンブル性がある。癖になっちまいそうっだ。


寄生キノコとは違った怖さがある。


今回誕生したのはキノコ300。名前からはその効果を想像しづらい。

見た目も凄く普通だ。


こういう時は植物鑑定の魔法に頼るのがいい。ちょっと予想してみるのも楽しいが、流石に想像がつかないな。


植物鑑定の魔法――


『キノコ300+ 成長、素材化、品種改良、植物操作可能。帝キノコ+300個分の栄養素が含まれている』


危ないものではなかった。

しかし、食べて大丈夫なのか?


帝キノコ+300個分の栄養素って……。

レモン20個分のビタミンCとかなら摂取したことはあるが、キノコ300分の栄養って何が入ってんだ。頭からキノコ生えたりしない?


そういう状態の魔物が目の前にいるので、冗談じゃすまないぞ。


心を落ち着かせるために品種改良を行ったのだが、却って俺の心を乱す結果となる。


まあ、食べるんだけどね。


今夜食べようっと。

こちとら異世界に来て魔物とか、既に食べちゃってるから。


ゲテモノも美味かったし、キノコ300もきっと行けるはずだ。

スープにでも溶かしてみよう。きっと旨味が溢れてくるだろう。


品種改良で得たのは食用のキノコだったわけだ。

一旦、これは増殖用に胞子をまき散らしておく。

食べる以外にも、そのうち使い道ができるかもしれない。


キノコは平等に増やしていきたいと思っている。


キノコは増えるだけ増えればいいのだが、それにしても一度拠点を整理したい。


植物素材化で邪魔な木や植物を素材化すればこの辺りはかなり整備できる。

居住区はあんまり広くなくていいが、統一感が欲しい。


縦10メートル、横10メートルくらいに区切ったスペースを作ろう。

真ん中に居住区を置いて、通路は2メートルもあれば十分か。


通路の向こう側に同じ広さのスペースを作っていき、キノコを植えていく。

種類ごとに分けるのが良さそうだ。


田んぼのように区切っていくのがいいだろう。

うむうむ、頭の中で良い感じのイメージが出来上がっていく。


植物魔法が使えれば、環境を作るのは不可能ではない。


おっと、思考が逸れてしまった。


それよりもまずは目の前の疑問だ。

こちらをやはり先にスッキリさせておきたい。


『黒羊の品種改良問題』


やれるのか。やっていいのか。何が起きてしまうのか。


やることにした。成長と素材化はちょっと違う。やはり品種改良だ。

思い立ったが吉日。気になったらやるでしょ。


俺は禁忌に触れるぜ!黒羊、俺は人間をやめるかもしれないいいいいい!


植物品種改良の魔法――


魔力が黒羊と本体である寄生キノコ+を包み込む。

品種改良の魔法特有の光に包まれた。


俺の体からどっさりとMPが搾り取られる。

本来なら、品種改良でこれほどまでにMPを持っていかれることはない。


なんなのだ、これは……!

「うっ」


やはり禁忌に触れてしまったのか?

あたりに風が吹き始める。

光も強まってきた。


しかし、もう止まることなどできないのだ。


MPを全て奪われてしまった俺は、それでもなんとか魔法を完遂した。


光が収まり、目の前になにやら黒羊よりすらりと長い生物が誕生した。

徐々におぼろげな姿がはっきりしてくる。


すらりと伸びた長く細い脚。

腕も同じく長く、淑やかな肌が見える。

パーマのかかった髪は艶がしっかりあり、繊細だ。


そこには美しい女の人が妖艶な出で立ちで座っていた。

女の人というのは違うかもしれない。だって頭に羊のような頑丈な角が二本生えているから。


頭の上にはキノコがしっかりと一本生えていた。あれは寄生キノコなのだろう。

品種改良で変わったのはキノコの方ではなく、黒羊の方だった。


あまりに予想外な変化に、俺は口をあんぐりと開けながらも、その美しさに目を奪われる。


大きな両目はいかにも男性受けが良さそうな魅力的な目だった。

見つめていると吸い込まれそうになる感覚がある。ずっと見ていたい。


鼻と口は控えめで、肌のきめが細かい。少し恥ずかし気に視線を外している表情がなんとも色っぽい。


これで胸と尻も大きかったらいいのだが、そこは黒い羊毛がもこもこと覆っており、下着のように大事な部分を隠していた。


羊毛が憎らしい。ああ、憎らしい。


禁忌に触れたら美女が生まれました。森の生活、新章にして完璧な章が始まりそうです。


「主様……」

「え?なに、話もできんの?」

「主様のMPが底をつきそうです。もう、この姿を維持できま……せぬ」


は?どういうことだ?

確かに体から力が抜けていくが、これはもしかしてMPを供給し続けている?


黒羊の品種改良後の美しい姿に黒い霧がかかってきた。

まさか、戻ってしまうのか?


そんな――


俺は手を伸ばして、黒羊バージョン美女を掴もうとする。

しかし、間に合わなかった。


俺が急ぎ掴み、抱き寄せたのは……。


「メェエエエ」

黒い羊毛に完全に包まれた、もとの魔物の姿だった。

くっそおお!!


返せ!返せよ!たった一人の美女なんだよ!

欲しいものはくれてやるから、返せよ!


しかし、俺の必死な心の訴えとは裏腹に、帰ってくるのは単調なメェエエエという鳴き声ばかりだった。


草を食べ始める黒羊を眺めながら、俺は喪失感に包まれんがら思った。

食べるとか考えてごめんね、と。


あんなに美女になる未来があったなら、そんなことを考えたりはしなかった。

植物魔法の可能性は無限大だと最近気が付いたばかりだというのに、俺の想像力はやはり狭いと言わざるを得ない。


寄生された魔物を品種改良したら、美女が生まれました。

なんてことを想像しろというのも無理な話だが、それでも可能性に蓋をしていたのではないか。


「危うく美女を逃すところだったぜ」


魔力が足りないのか、MPが少なすぎるのか。はたまた品種改良魔法のレベルが低いのか。

美女の姿を維持できなかったのには、そのすべての理由が当てはまるのか。


今の俺の知識では判断しかねる。

しかし、俺にはでかい目標ができた。


森で快適な生活?

ドラゴンから身を守る?

生意気な親衛隊との対決に勝つ?


そんなことはどうだっていい!

俺は美女のしもべを確保するために、強くなる。

俺、強くなるから!!


強くなって、美女をたくさん囲うんだ!!

俺、飯以外の目標ができたよ。


金とか名誉とか欲しくないんだ。

毎日の飯と、美女があればいいんだ。そしてこの森にはそれがある。

最高だな。絶対にここを出ないと心に決めた。


「よーし、よし。お前の寝床もちゃんと作ってやるからなー」

なんども撫でてやる。黒羊は今まで自由奔放にさせていたが、こうなっては話が変わる。


こいつの身の安全もきちんと確保しなくてはならない。

大事なパートナーだからなー。

仲よくしようなー。


おっと、キモイおじさんみたいになってしまった。

格好はきもくても、心は綺麗でありたい!

行動も清々しいありたい。


黒羊を開放して、自由にさせてやる。

束縛の強い男は嫌われるからな。気をつけないと。


今日は既にMPが尽きているが、俺にはキノコ回復スキルがある。

帝王キノコを口に含み、体を回復させていく。


散らかった拠点を片付けつつ、キノコ増殖計画を頭に思い浮かべるのだ。

キノコが増えれが、それすなわち俺の強化につながる。


俺が強くなれば、美女を囲える。

最高だな。人生に目標ができるって素晴らしいと改めて知ることが出来た。

明日からが楽しみだ。

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