第18話

蚊の魔物がまだ俺の視線の届く範囲を飛び交っていた。


血を吸い足りていないのか、それとも病原菌が体を循環して弱っていく俺を仕留めるつもりなのかは知らない。


ただし、逃げないのはこちらにとって好都合。

そのまま視界の範囲内にいてくれよ。


そちらは俺の速度に反応できる自信があるのだろうが、そう甘くはないぞ。


俺のステータスの素早さは高くない。

ステータスの中で最も数値が低いし、成長度も低いと来た。


その能力値でお前と戦おうとすれば、翻弄されるのがやる前から既に見えている。

だがな、こちらにはキノコがある。植物魔法使いの基本にして、最終兵器となるキノコがな!


植物操作の魔法を使って、蔦に括りつけた火炎キノコ+を目の前に浮かせる。

「いくぞ」


植物操作で、火炎キノコ+の特性を存分に活かすことにした。

胞子を辺り一帯、大量にばらまく。


本来見えないくらい細かい粒子のはずだが、植物魔法使いの特権だろうか、俺にはその胞子が辺り一帯に散っていくのが鮮明に見える。


思ったよりも広範囲かつ高速に広がっていく胞子。

捉えた。

お前はもう完全に俺の胞子の中だ。


あれ?なんか決まったな。意図せずいい決め台詞が整ってしまった。


一応、片手でギュッと蚊の魔物を捉える動きもしておく。

いかにも必殺技っぽくて好きだ。


「燃やし尽くせ!」


魔力を流して、火炎キノコ+の胞子をいっきに燃やしていく。

胞子の見えないものには、いきなり空気が燃え出したように見えたことだろう。


蚊の魔物もそうだったみたいだ。

突如炎にまとわりつかれ、羽が燃えさかり、体も炎に包まれた。


すぐに飛ぶことはおろか、燃え盛る炎に見動きすら取れなくなる。

ジュウという水分が抜ける音と、焦げ臭い嫌な匂いがして、蚊の魔物は息絶えた。


あっさりと終わったな。流石必殺技である。


蚊の魔物を焼き尽くした後も、炎と化した胞子が森の辺り一帯で燃えている。

魔力を流すのをやめると胞子自体の炎はとまったが、残り火がそこら中にあった。


血を吸われたくらいで少し本気を出し過ぎたか。

蚊がうざいのは前の世界でも、この世界でも同じようだ。


植物操作で大量に胞子をばらまいたため、MPの消費が激しい。


しかし、成果は大きかった。

いや、大きすぎた。


植物操作からの、胞子拡散の魔法がこれほどまでに強いとは……。

自分でも多少驚いている。


ただの広範囲の炎魔法じゃないか、これは。

今回は相手が蚊の魔物だったから火炎キノコ+の胞子を撒いた。


これが痺れキノコ+や毒キノコ+だったら、と思うとぞっとする。自分が受けたくないという意味では、寄生キノコ+の胞子が一番だな。


あの黒い毛をはやした羊みたいに、ひょこっと頭からキノコが生える姿を想像するととても絶望的な姿だ。


ちょっと待て。

ここで少し疑問が湧いた。


痺れキノコ+や毒キノコ+は肺に吸わせる、つまり体の中に取り込ませるのが正しい使い方だ。

今回そういう使い方をしなかったが、火炎キノコ+の胞子を体に取り込ませたら、一体どうなってしまうのか。


普通に考えると体の中から燃えるだろう。

……あらら、キノコの胞子最強説はやはり立証されてしまったのか?


ミリー曰く、この世界では5大魔法が幅を利かせているらしいが、やはり真に最強なのは植物魔法だったみたいだ。


木の枝をゆさゆさと揺らしていた頃からの成長を思うと、思わず涙が出そうだ。

キノコのたくましさと、植物魔法の応用に頭が下がる思いだ。


ここで少し悪いことを思いついた。

果たして実行していいのかと思考する。


「いいよ、むしろやらない理由がない」


俺が思いついたのは、この森の中一帯をキノコまみれにするということだった。

痺れキノコ+を植えすぎて、獲物がたくさんとれすぎるのは嫌だが、毒キノコ+でのレベリングは広範囲であればあるほどいい。

寄生キノコ+もそこら中に繫殖させれば、キノコをはやした使い魔たちが続々と量産されてしまう。


これは……。とんでもなく悪いことを思いついてしまったみたいだ。

しかし、この世界を俺の過ごしやすい世界にするためには、多少やりすぎてもいいのではないか。


結局、世界は弱肉強食である。

力を持ったものが暮らしやすくなるのが、世界の仕組みだ。


キノコが増えることが、俺の力となる。

ならば、増やそう!


この森をキノコで覆い尽くす。

いいや、この森だけにとどまらせない。


キノコの胞子を世界中にばらまこう。

そうだ!この世界をキノコまみれにしてしまおうじゃないか!


キノコがそこら中にはえていれば、持ち運ぶ必要性もなくなる。

どこでもキノコ!というわけだな。うん!


「うっ」

ここで、少し吐き気がした。


原因を思い出す。

蚊の魔物に刺されて腫れた背中と、体内に入ってきた病原菌のせいである。


他人の体に胞子を入れるとか考えている場合じゃない。今は自分の体に入った病原菌を駆除するのが先だ。


どうする。

ここは森で、俺は医学も薬学の知識もない。


頼れる人物もなし。

くっそ、手詰まりか。


更に、こんな時だというのに、俺は今無性にキノコが食べたい。

具体的には帝キノコ+が無性に食べたい。


そんな場合ではないのだが、こんな時でも食欲が勝ってしまう自分が恥ずかしい。

帝キノコ+を手に取り、食べた。


抑えきれないほどの欲求だったからな。過熱することすら忘れていた。

やはりうまい。生でもうまいとは意外だった。


『病原菌を駆除しました』


脳内に流れるアナウンス。

まさかの事態であった。


俺にはキノコ回復のスキルがあったが、こういった効果もあるとはつゆ知らず。

無償に帝キノコ+を食べたくなったのは、そのためだったか。


スキルを覚えたいたので、自衛本能でそれを食べるようにと体が訴えかけていたのである。

恥ずかしいと思ったことが、逆に恥ずかしい。


スキルって凄い。キノコってもっと凄い!

やはりキノコ……!!キノコは全てを解決する……!!


このキノコ回復スキルの効果もあって、俺はやはり世界中をキノコまみれにすることを決意した。

この森の調査の合間も、キノコの胞子をまき散らしておこう。

いろんなところを歩き回るのでまき散らすのに好都合だ。


全てのキノコを俺が管理できるわけでもなく、そして全ての環境に適応できる訳でもないだろう。遠くにあっては植物成長の魔法を使ってやることもできない。

思ったより生息圏広がりづらいかもしれないが、それでも地道に増えていくことが大事である。


「植物品種改良の魔法で、繫殖力の高いキノコを作れないだろうか……」

可能性として、なくはない。


一体何が生まれるか俺にもわかっていないからだ。

もし生まれれば、キノコを増やすという俺の野望が一気に加速しそうだ。


もっと品種改良の魔法を使っていってもいいかもしれない。


思えば、俺は自分魔法のことについて知らないことばかりだ。

知らないのも無理はないが、あまりに知らなさすぎる。


キノコを食べて病原菌を駆除できるなんてこと、想像すらしなかった。

胞子を撒いて引火するできることも、植物鑑定の魔法でようやく知ったことだからな。


あらためて、試すことは多くある気がする。

植物品種改良の魔法は新しいキノコを誕生させる故、もっとも未知な部分でもある。

あまり思考の段階で限界を作らず、やはりどんどん試していくべきだな。


俺にはもう一つ大事な能力として、スキルがある。

キノコ毒殺のスキルだ。

スキルに関しての理解も追いついていない。


スキルに関しては、ミリーに気軽に聞いてみてもいいかもしれない。


ずっと毒キノコ+で魔物を葬っているから、スキルレベルが伸びているのかと思っていたが、それでは効果がおかしいことに先ほど気が付いた。


魔物が毒で死ぬのは毒キノコ+の力であって、スキルとは無関係である。

となると、キノコ毒殺Lv4の真の効果が不明となる。


「うーむ」


疑問と言えば、また新しい疑問も出てきた。


目の前で焼けて、黒炭と化した魔物を見下ろす。

こいつはなぜ消えないのか。


毎朝、痺れキノコ+で捕獲している魔物がその体を残しているのはわかる。痺れただけでまだその場にいるからだ。


しかし、毒キノコ+を食べた魔物の死体を見たことがない。

それは一体どういう理屈なのだろうか。


「んんー」

理由などわかりそうになかった。

これもミリーが来た時にまとめて聞いておこうと決めた。


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