第12話

決意を固めた敵は強いと聞いたことがあるが、目の前の魔物もまさにそう見える。


あれは俺に向かって突進して、その眉間から生える自慢の角で一突きにしてやろうという意思を感じられる。

とてもじゃないが、勝てそうにはない。


野生のイノシシでさえ強いと聞いたことがあるのに、相手は殺意満々のイノシシ型の魔物である。

ステータスが伸びて多少動けるようにはなったが、ホンモノの脅威に対処できるわけもない。

そういう環境とか経験が圧倒的に不足しているのだ。


事前にもっと練習とかしておくべきだったかもしれないが、一体どこで練習できるのか。

一人で暮らすっていうのは大変だ。

いざっていうときに頼れるのが、自分だけなのだから。


イノシシ型の魔物のじりじりとした殺意が伝わる。

ごくりと唾を飲み込んだ。


あまりの緊張感にぶわっと汗が噴き出て、吐き気までしてきた。

走馬灯とか見ちゃうんだろうか?できればエッチな過去の記憶とかをお願いしたい。


伸びたステータスを信用して、相手の突進を受けてみようか?

幸いにも俺の受けステータスは高い。何かを入れられるのは得意みたいだ。


しかし、駆け出したイノシシ型の魔物の勢いを見た瞬間、その選択肢はなくなった。

圧倒的な迫力と地面に響く振動に、あれにぶつかったら死ぬ想像が簡単にできた。

一瞬で体を突き破られるだろう。


瞬間的な思考すらも時間がもったいなく感じられるスピードで、突進が迫る。

見切って躱すのもおそらく不可能。というか、怖くて脚が竦んでしまっていた。


これ以上アイデアを練っている暇はない。


今出来ること、それをやるだけだ。


魔物が勢いを増して迫る。

残されたMPはほんのわずか。


出来ることは何か。出来ることはほとんどないが、何かないか。

閃いた。


手を地面にかざして、土に埋まる植物の根を感じ取る。

あった。よかった!


植物操作の魔法で太い根っこを土の上まで引っ張ってきた。

半円状に飛び出した太い木の根っこが、魔物の前に突如飛び出す。


突進する勢いは止められず、というか根っこが見えていなかったんじゃないだろうか。

その視線は全力で俺を捉えていたので、根っこに気づくことなくイノシシ型の魔物は全速力のまま足をとられる。


足を引っかけた勢いでバランスを崩し、イノシシ型の魔物が宙へと体を投げだした。

くるくると体を縦回転させて、弧を描いて俺の頭上を飛び越える。

通り過ぎる瞬間、獣臭い風がちょっと吹くほどの勢いだった。


ここを超えると、下は深いぞ。

崖からも落ちていき、イノシシ型の魔物は頭から地面に叩き付けられた。

眉間の角が綺麗に土にめり込んでいる。


着地した際の首の角度がちょっとおかしい気がするが、あれは大丈夫なのだろうか?


『植物魔法使いのレベルが上がりました』

……大丈夫じゃなかったみたいだ。


なんとか勝てた。

勝てたというより、自滅に近いんじゃないだろうか。

突進力は凄まじい勢いと破壊力があったが、応用力のない魔物だったな。


たまたま俺の魔法との相性が良かったということもあるが。

運がいいことも実力のうちだな。うん、生きててよかった。


崖から降りて、頭から地面に突き刺さり、尻を天に向けた凄い体制の魔物に近づいていく。

近くから見るとやはり結構怖い。

そして獣臭い。


一応、むき出しの腹の部分を手のひらで触ってみる。

なんの鼓動も伝わってこない。体も徐々に冷えてきているのが分かる。


これはもしや……。

「し、し、し……猪鍋だああああああ」


いやっほぉ!!

命の危機から一転して、今夜は晩餐会じゃああ!!


俺だって負けていたら今頃お前に食べられていたんだ。文句はないだろう?

これは命のやり取りなんだ。


負けた方は黙って相手の糧となる。

自然の摂理だよな!


地面に深くめり込んだ角を引っこ抜くのには苦労したが、イノシシの体は簡単に持ち上げることが出来た。


肩に担ぐと余計に楽である。

左手では野草を大量に抱え、右肩にはイノシシ型の魔物を担ぐ。


最高の収穫量に俺はニッコニコの満面笑みで拠点へと戻ることにした。


それにしても……。

「イノシシくっせー」

うんこみたいな匂いがするな。


拠点にたどり着くと、野草たちをマツタケ+を育てている近くに植えなおす。

これで増殖ができ、食材がまた豊かになる。


スペースがなくなってきたので、明日にでも木を素材化しておきたいところだ。

前に作った大サイズの丸太は放置したままだから、素材の活用方法も見つけておかないといけない。


だいぶ冷たくなってきたイノシシ型の魔物は肩に担いだまま、調理場となる川へと向かった。


鍋とかは拠点に残したままだ。

イノシシはでかくて絶対に食べきれないから、拠点で肉の保存とかもしないといけない。

いろいろアイデアはあるが、上手にできるか心配だ。


それよりもまずは肉の解体からだな。

ウサギ、魚、鳥とやってきたが、今回は骨が折れそうだ。


解体の知識はないのだが、食欲が本能にやり方を教えてくれることだろう。

ミリーから包丁も譲ってもらっているので、それを活用していく。

ちょっと小ぶりだが、なんとか活用できる範囲のものだろう。


解体にあたって、まずは角が邪魔で仕方がない。

片手で角を抑え、もう片手で頭を押さえて、膝を支点にして角を折ることを試みた。


角が太く、頭も抑えるのに良いポイントがなくなかなか力が入りづらい。

ちょっと苦労したが、なんとか根元からぽきりと折れた。

ステータス万々歳である。


解体は、まずは頭と胴体を分離させていく。

ざくざくと包丁を入れていき、筋力で引き裂いていく。

上手に分離した後は毎度の血抜き作業だ。


頭を一度川に落として後悔しているから、今回は片方ずつ血を抜いていく。

頭の部分を手に持つと、魔物と目があう。


……大事に食べてやるから、お前は安心して死んだらいい。

頭部の視線がやたらと見つめてくれるので、一応心の中で謝っておいた。


体も血抜きを終えたので、次に皮を剥いでいく。ウサギたちと違って、この毛皮は分厚くていろいろと活用できそうだ。

先のことを考えて、破れないように上手に身からはがした。

結構うまくやれた気がする。


腹を掻っ捌いて、内蔵を取り出す作業に入る。

圧倒的な匂いがこみあげてきて、思わず涙がこぼれる程だった。


「くっせー」

うんこの数倍濃い匂いだ。だが、これがいい。

なんか生きているって感じがする。


見た目のぐろさも段違いである。

旨いものは、それだけ苦労も多いのだな。


はらわたに手を突っ込み、内蔵ごとに分離していく。

とゅるっとした感触が、なんとも未知との遭遇感半端ない。エイリアンも触ったらこんな感じなのだろうか。


内臓も心臓、レバー、小腸、大腸と食べられそうな場所は綺麗に取って、川の水で洗い流す。

匂いがだいぶきつい部位もあるが、見た目は結構綺麗になった。


睾丸もとれた……食べよう。

尻尾は……うん、余裕で食べられる。


爪と骨、歯は……流石にいらないか。


食べられそうな部位だけ解体して、肉も解体していく。脂身が凄くて、手が滑る。

包丁もだいぶ刃がやられてきた。

そんな苦労のかいもあって、暗くなる前にすべての工程を終えることが出来た。


素人ながらに上手に解体できた。大変満足である。

達成感が押し寄せてきて、笑みがこぼれた。


しっかりと水で手をきれいにしたころ、日も暮れ始めていた。

今日はいろいろやったからお腹もかなり空いている。


朝にうまいものを食ったけど、それでも体はまだまだ美味しいものを求めている。

これからうまいものを補給してやるから待って色。


大量の肉を抱えて、俺は拠点へと戻っていった。


今夜は猪鍋。猪鍋。猪鍋!!

ひゃっほー!!


飛び跳ねながら拠点へと戻る俺は異変に気付かなかった。

何か、巨大な生物の息の音がするのを。


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