第8話

焚火ポイントに置いた火炎キノコ+が未だに元気にばばちばちと音を立てる。

猫耳美女は少し真面目な顔をした。告白される前みたいな空気だな。そんなわけはないけれど。


彼女は自分のことを行商人だと言っていた。

今は、まさに商売人の顔ということだろうか。


「お腹空いてて完全に忘れてたんだけど、自己紹介するニャ。私の名前は、ミレリア。気軽にミリーって呼んで欲しいニャ」

「俺はダイチ。野人みたいな恰好をしていたが、ここの原住民ではない」

それはわかっている、と何やら言いたげな顔をされた。


いや、俺としては初対面で恥ずかしい姿を見られたし、そこだけははっきりさせておきたかったんだ。


「普段はハイルトンとフルートの都市間を行き来している行商人ニャ。商業ギルドには入ってなくてフリーでやってるから、いろいろと頑張らないといけないニャ」


知らない単語が連続で出ると俺の脳みそは活動が悪くなるんだ。

やめてくれないか。


「このドラゴンステイの森を通るのも、それがあるからなんだニャ。街道を通ると迂回しなきゃいけないし、通行税を持っていかれるニャ」


新しい単語を聞くと俺の脳みそは活動が悪くなるんだ。

やめてくれないか。


まあ要約すると彼女は会社勤めではなく、フリーで働いているんだな。

この森を通るのは、おそらく新幹線ではなく夜行バスを利用している的な?知らんけど。


あーやだやだ。


どこの世界も一緒か。毎日せかせかと働いて。

俺は森で自由に生きていたい。裸で好き勝手に生きていきたい。キノコを堂々と露出していたい。


「いろいろと聞きたいことはあるんだが、まずはそっちの商売の話をしてくれたほうがスムーズに進みそうだな」

彼女が何に興味を持っているかはなんとなくわかっているが、一応聞いてみた。


「こんな簡単に帝キノコを通りすがりの私なんかに出せるってことは、もしかして安定して収穫できたりするのかニャって」

「その通りだ。ちなみに、あのサイズの帝キノコを俺は帝キノコ+とよんでいる」

「ほほー、良い名前ニャ」


妙なところで感心された。

適当につけた名前なのに……嬉しい。好き。


「商売って信用だと思うんだよね。君には世話にもなったし、これからの友好関係のためにもしっかりと本当の話をするから聞いて欲しいニャ」


確かにその通りだと思う。俺は商売には興味ないが、彼女のとの信頼関係は結びたい。

だって、かわいいから。かわいいは正義!


「帝キノコは露店商が売るときは3000ギニーくらいかな。行商人の私らが卸す際は2500ギニーくらいで卸すよ。仕入れの時は自分で収穫するか、収穫者に1500くらいを払うニャ」

「露店商より利益が大きいんだな」

「だって運べる量も少ないし、危険もあるニャ」

「だとすると妥当か」

いや、ちょっと少ない気さえしてきたかもしれない。


仕入れる場所や伝手を見つけるのも一苦労だし、それだって横取りされるかもしれない。

思ったより儲からないのかもしれないな。


「さっき食べたの帝キノコ+、あれって帝キノコより高く売れると思うニャ。味もうまいし、あんなサイズめったに出回らないニャ」

「ほう。プロの見積もり的にどのくらいするんだ?」

「露店商には10000ギニーで売って貰うニャ。彼らには8000ギニーで卸すニャ。肝心のダイチには……5000ギニーでどうニャ?いいや、独占的に私に売ってくれるなら、6000ギニー出してもいいニャ!!」

迫力のある商談だ。


彼女には勝機の見える商売なのだろうな。

俺はゆっくりと首を横に振る。


「えっ!?ダメニャ?」

「金はいらん。俺が欲しいのは生活必需品だ!」

言い切った。言い切ってやったぞ!


俺は塩が欲しんだ!調理器具が欲しいんだ!サイバルに必要なものが欲しんだ!

俗世で役に立つものなんて要らん!

俺はこの森の王になる!ドンッ!


「生活必需品?今はあまり持っていないニャ。リュックの中には商売品ばっかりニャ」

いーやあるはずだ。その熊一匹程入りそうな巨大なリュックの中にはまだ見ぬ魅惑のアイテムが!


「えーと、まずは岩塩でしょ?これはあんまりお金にならないから、自分で使いつつ高値で買って貰えたらなーって程度のモノだニャ」

「それええええええ!!」

欲しいのそれ!!


「いるニャ?」

「うん、全部」

「あげるニャ。最近は岩塩なんて高く買い取ってもらえなくて古くなりつつあったし、困ってたニャ。でもこんなものじゃ申し訳ないニャ」


再びリュックを漁りだす。

「コショウか……、季節外れの売れ残りだし、こんなの誰もいらないニャ」

「それええええええ!!」

欲しいのそれ!!


「いるニャ?」

「うん、全部」

「あげるニャ」


麻袋に入った大量の岩塩とコショウを手に入れた。二つで2キロはありそうなほどの量だ。うおおお、しばらく困らない量だ。

なんという収穫。

なんという僥倖。

彼女は俺の女神様だ。


彼女がまだ漁っている最中に俺は栽培中の帝キノコ+を、一本残して収穫してきた。10数本はあっただろう。1本は増殖用である。

それを両腕で抱えて、彼女の前に全て差し出す。


「ほら、全部持っていきな」

「こんなに?」

「ああ、今のところはこれが全てだが、まだまだ収穫できる」


「いいの?こっちは見合ったものを差し出せてないニャ」

「いいんだ。俺は塩が欲しかったんだ。商売っての需要を見極めるものだろう?俺は今めちゃくちゃ塩が欲しかったんだ」

そう言って貰えると気持ちが楽になる、と彼女は嬉しそうに帝キノコ+を包んでリュックにしまった。


WinWinな取引だ。お互いに幸せになれた。人生こうありたいものだ。


「まだ何か欲しいものはあるニャ?商売道具はそんなに渡せないけど、鍋とかならあるよ。使いふるしだけど。調理器具も他に少しなら」

今日何度目になるだろうか、俺はそれええええええ!!を叫んだのだった。


ミリーも俺も興奮が収まってきたころ、また世間話に戻った。

暇だから世間話をするのではない。


何も知らないから世間話をするのだ。

森の中で生きるためにはある程度外の情報もいるのだ。外を知って、ようやく中のすばらしさが分かるというもの。

社会の荒波を知ってようやく不労所得の旨味を知るというもの。


でも、まず聞きたいのはこれだよね。

「ミリーは彼氏いるのか?」

「え?悲しいことにいないニャ」

ミリーが目を細めて遠くを見る。

よっし!俺にとっては好都合。どうこうしようとかはないが、とにかくよしっ!


「獣人なのか?ミリーって」

「うん、猫耳ついてるしあんまり聞かれたりはしないけど、獣人だニャ。そんなことを聞いてくるって、ダイチは変な人ニャ」

「人間と獣人がかかわるのは普通なのか?」

「普通だよ。みんな当たり前のように暮らしてるニャ。そんなことを聞くってダイチは一体どこから、この森に来たのニャ?」


異世界です、とは流石に言いづらい。

もっと変な目で見られそうだ。

俺が答えづらそうにしていると、ミリーが勝手に想像して答えを出してくれた。


「なるほど、ここら辺には魔法が使われた形跡があるニャ。さては君、5大魔法を使えずに追放された貴族の子息だニャ?それでお金にも無頓着!こんなところで過ごしているわけニャ!」

全然違うけど。


片目をつむって、こちらをびしっと指さしてくる。

どうだ、正解だろうと言わんばかりに。


「……それ、せーかい!」

俺も片目をつむって、指で丸サインを出した。

そういうことにしておこう。ずっと丸く収まるはずだ。


世間を知らないのも、世間知らずなお坊ちゃんということで何とかなるだろう。


「まだまだ聞きたいことはあるんだが、先に毒キノコを辺りに撒いてくる。夜は魔物が出るみたいだから安全ネットを張らないと」

「助かるニャ。でもここはドラゴンステイの森だから、あんまり警戒しすぎなくてもいいと思うニャ」

その言葉の意図はわからないし、他にも気になるワードは出てきていたが、まずは毒キノコを辺りに撒くのが先だ。


レベリングは大事、大事。いや、護身用だったな。

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