第3話 暴力
水瀬のそれはサイコキネシスの一種とされ、生身のときでも発現する。
彼は自身の異能を、完全に御し得ていない。
家族とは半生以上のだいぶ前に離れて、二年前からは一人で暮らしている――進学できただけマシなものだ。
義務教育の終わりごろ、度重なる投薬の負荷で神経系に著しい失調をきたしながらも、異能元々の強度は維持されている。
異能は彼の生涯悩みの種だ。
ある放課後、教室で恋バナで湧いていた女子たち。
話を振られた彼女は、自分に回ってくるとはと照れくさそうに言っていた。
――強いて言えば暴力的な人は苦手かな、何考えてるかわからないから
本人は女友達に、消去法かよと苦言されていたが、それを眺めていた彼には妙にしっくりきた言説。
異能という暴力がなくても、他人さまは平穏に一生を全うできる。
一見淑やかなあのひとの前に立つと、言いようのない羞恥に見舞われ、やがて気づいてしまう。
暴力はこの手に……いいや、暴力とは切原水瀬そのものだ。
異能に関わることなどないだろう凡人であることこそが、水瀬にとってしてみれば、何より穢れなき彼女の美徳であり、彼の望んでも到底たどり着けない――すると、見えない壁でもあるような気がした。
暴力を拒む、あのひとの価値観では、真っ先に自分が排斥されると知っていても……自分では届かないその正しさに、ひどく焦がれて――
*
熱が右の腕から肩口にかけて体表を撫でると、我に返った。
「――、痛覚をッ、客観しろ……!」
装甲表面に受けたダメージが、人形との一体化の結果、痛覚にそのまま反映され、継続するのを堪えなければならない。
(片刃は爆発で折れたか――けど)
折れて失われた刀身を、異能の斬撃のリーチで強引に補填し、後続の寄せる群れを振り払う。
スピーカーから何度か、ひさめの声がしていた。
『切原くん、大丈夫!?
怪我を?
なにがあったの、応答して!』
「……やられました、爆発ですよ。
データは送信しました、接近してきた抗体が、赤くなってのすぐです。少なくともキャンサーシステムのほうには記録できてるはず」
『えぇ、たった今確認した』
キャンサーシステム、それは従来観測できなかった交感ネットワークの反応を検出する。緋々絲は装甲のヒヒイロノイトと並び、これを運用することで、モニターにも敵影を補足していた。むろんこれにも、人ひとりの財布では一生到底払えない天文学的な額がかかっているのは、言うまでもない。
「それと、気づいたことです。
既にそちらでもお気づきかもしれませんけど、装甲内部への熱の蓄積が予想よりも早い。しかも装甲表面の交感情報処理が過剰に行われています」
『装甲の動作に不調が?』
「いいえ、その逆ですよ。
ヒヒイロノイトの交感、その性質を逆手に取られてる」
『まさか――』
「えぇ、おそらくそのまさかです。
接触面から繭側が意図して過剰な情報を人形にぶつけ、それが結果、装甲に入ったら熱に変換されている。
装甲の持つ抗性がなければ、もっと面倒くさいんでしょうが、そろそろ補助脳の処理に影響が出かねない。
……どうしますか」
水瀬は弱音は吐かず、ただ上司の指示を待つばかりだ。
いざ触れなければ、その実際はわからないことだったけれど、繭に知性がある可能性は、交感ネットワークの特性から言って、予想できないことではなかった。
するとひさめの代わり、あの男の声がする。
『作戦は続行する。
我々にはあとがないのだ、繭の直下に抗体が降るような事態は、それが容易に実体へ変換されるとわかった以上、避けられなければならない』
「――」
ですよね、と水瀬は内心で認めるものの、それを言葉にしなかった。俺はあの男、
「わかってますよ。
自分にできることなんて」
人形の武装は二振りの剣と、胸部に内蔵された小型のガトリング砲二門のみ。補助脳で出力した異能を、刀身や弾頭に纏うことで、初めて抗体に効果を発揮する。
穴へ向かって、ホバー機構の出力を限界に引き上げるも、穴から出現する群れどもの速度が、徐々に上がっていく。
最初に現れたのは、二日前――そこから数時間おき徐々に数を増やし、今や2000体以上が、タワーディフェンスゲームみたいに堅実な効率で、穴のうちから溢れつつあった。
「これだけ捌いてて、まだ100体いってないのかッ――穴さえ塞がればそれでいい、よりにもよって本体に邪魔されるとはな!!」
暴れる患者のようなもの、と考えればいいものか。
たとえ触れられずとも、その環境があるとき突然に湧けば、そこから起きる変化と影響は、人間社会にとって『災害』以外のなにものでもないだろう。
繭の正体など、人類には相変わらずわからない。
いっそ外宇宙から人類を滅ぼす侵略者だったりしてくれたほうが、すがすがしいくらいだ。
「気持ち悪いんだよ、お前ら」
切原水瀬の異能は、あらゆるものを断ち切るための衝動で、なれば水瀬は、ここにあるすべてを排斥したくてしょうがない。
異能を使えば使うだけ、そこには依存性がある。
それは自分の持ち物には違いない、だが理性ある霊長なれば、忌むべき本能だ。
やきもきする、繭という不愉快で歯がゆいばかりの異形を一掃するだけの力があれば、もっと楽なのに。それがあれば、俺はきっと迷わずに使っていた。虫になんぞたかられることもなくなる。
浅ましい考えかもしれない。
――だが現実は、繭という広大な異形をなるべく刺激せず、なぁなぁにしてきたし、今の水瀬もそれに加担する程度の無能だ。
危険という点に絞れば、結局水瀬の資質こそ人に向ければ社会にはより直接的な加害であり、これを暴力と言わずになんと呼ぶのか?
この歯がゆいばかりの現実を決定的に変えるだけの力が自分にはなければ、とうの昔になにか変えることを諦めている。どこまでも中途半端なことだ。
「失せろ」
火ぶくれた体表を、補助脳の作用が強引に鎮静するが、コクピット内部に熱がこもりだし、加えて爆発の連撃はその後も容赦なく続く。修復されかかった痛覚が復帰し、そのたび最悪のリフレインを繰り返す。
いやなんでこんな仕様にした?
斬撃とガトリングの薬莢を散らしながら繭の上、漏斗状に空いた穴に駆け寄ろうとするが――、あと一歩のところで、押し返され続ける。
(間合いに入られると、ガトリングで対処するしかない。
だがやがて、人形の脚は止まってしまう。
「機体が限界か……」
体表が爛れ、出血は止まらないが、血は泥のようにねっとりと滞り固まっていく。
補助脳は水瀬の肉体の修復より、すでに現状の維持へ方針を転換していた。
失血の中で緊張は
結局、赤化した蜘蛛どもに群がられるバッドエンディングを俺は避けられないらしい。
まぁ、いいか。
手は抜いてないんだし、今だってまだ、ただ人形の足が止まり、立ち往生しているばかり――息絶える瞬間まで俺は頑張ったんだと、証明しなければ。
「それで……こんなところで立ち止まって、残念賞はないんだぞ?
動けよ――このッ」
そう、あの天才に恥じることだけは、できない。
「――ぁ」
視界に横から、飛び込んでくる
繭が感知する外側から、投射された。
「天才、……遅いよ」
穴へ吸われるように立方体は到達し、青白い光とともに拡大し、弾けた。
「あれが、“フネアミ”」
(あれが、繭の模造繊維質!)
拡大する光が、線となって穴の上へ覆い被さって収束していく。
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