雨の降る月
小さい頃の僕は星を見上げるのが大好きだった。夜になっては、星の輝く空を見上げることが日課となっていたほどだ。
そんな僕を見かねたのか、10歳の誕生日。祖父は望遠鏡を買ってきてくれた。
初めて見るフォルムに奇妙なレンズ。そして大好きな星が間近に見られるという性能。こんな宝物のようなモノをもらえて、心底喜んだことを覚えている。
そしてもう一つ。祖父からは望遠鏡とはまた別のモノをもらった。それが「月には雨の降る海があるらしい」という話だ。
今の僕なら話半分で聞くが、こんな非現実的なことでも信じた僕は純粋だったんだろうな、と今でも思う。
それから、学校からいそいで帰宅。そして日が沈んでから床に就くまで、自分の部屋の窓からレンズ越しに月を覗く。そんな毎日を過ごしていた。
全ては「雨の降る月の海」を見つけるため……なのだが、いつ見ても小さなクレーターと黒く平坦な大地で覆われた月は、雨が降るところはおろか水さえも見つけることができなかった。
いつからか祖父から買ってもらった望遠鏡に目を当てることも少なくなり、僕は成人を迎えた。
一人暮らしを決めた春。実家から新しい家へと引っ越すために荷物整理をしていた時、押し入れの奥からあの頃の望遠鏡が出てきた。
ちょうど夜だったこともあり、懐かしいなと感じながら望遠鏡をそっと覗いた。
目線の先には月。
だが、明らかに違うモノが目に飛び込んできた。
繁茂した大地に透き通る水。
雨に打たれているであろう波打つ海。
そう。
そこにはあの時の幻が映っていたのだ。
それ以来、僕はまた夜空を眺めることが多くなった。
あの時の月はもう見えない。幻だったのだろうか。
だが、それでもいい。
今こうして、少年時代と同じように空を見上げることが、何よりも楽しかった。
静かな夜空、沈む街 月夜崎 雨 @ame_tsukuyozaki
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