第2話

「ん、もともと、四十九日が明けるまでって契約だったからね」

 真夜中にアパートに押しかけて来た僕を迎えた沢海あゆ子はそう言って笑った。引っ越しの準備をしていた。

「どこに……行くの」

「一旦本社の寮に戻って〜、それからは派遣先次第かな」

「本社ってどこ」

「どうしたの、月已くん?」

 沢海さんの勤務先の本社は、僕が大学卒業後に勤務する予定の会社にほど近かった。なんとしてでも卒業だけはしなくちゃいけない。でも単位はもうほとんど足りている。卒論も概ね完成しているし、最低限の日数だけ学校に顔を出して、それでどうにか許してもらおう。

「沢海さん、僕も、一緒に行っちゃダメかな」

「えっ」

 沢海さんの顔がパッと輝く。頬がほんのり赤らんでいる。なんだ。ほんとに兄のことなんて眼中になかったんだ。だって僕はどっちかっていうと父より母に似ていて。兄は、鉄兄さんは、父に、阿佐美野鞠已に似ていて……。

 藤伯父さんだってそうだ。写真で見る祖母よりもおじいちゃんにずっと似ている。父は祖母似だ。


 つまりそれって、どういうこと?


 翌年、僕と沢海あゆ子は結婚した。一年後に長男が生まれ、更にその三年後に次男が生まれた。あゆ子がそうしたいと言うから、僕とあゆ子とふたりの息子は一度だけ実家に顔を出した。兄──阿佐美野鉄は相変わらず自室をオフィス代わりに仕事をしていて、結構儲かっているみたいだった。父は大学勤務をやめたらしい。

「わあ、結婚おめでとう。もっと早く教えてくれれば良かったのに、まりさん、お祝いお祝い」

 。兄が父をそう呼んだことに、あゆ子は気付かなかったようだった。

「上の子、月にそっくりだな〜。下の子はあゆ子さん似かな? もっと大きくなんないと分からないか」

 父は、最後に会った、というか見た、あの時よりも幾らか痩せたようだった。でも不健康な痩せ方じゃない。なんだろう。なんていうか。

 鮮やかになった。

 鳥肌が立つ。あゆ子の手前笑顔を絶やさずにはいるが、僕には僕の未来が見えてしまった。


 小説家の阿佐美野藤は父親の阿佐美野八凪と番って。

 起業家の阿佐美野鉄は父親の阿佐美野鞠已と番って。

 藤には妻も子もなくて。鞠已には鉄と月已という息子がいて。

 鉄には妻も子もなくて。僕──月已には妻とふたりの息子がいて。


 


 あの日の藤伯父さんの声が脳内をぐるぐると回る。

 藤伯父さんももうじきこの家にやってくる。祖父と一緒にやって来る。

 僕には可愛い長男を縊り殺すことなんてできない。


 阿佐美野家の父親は、やがて長男のものになる。


 おしまい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

宵闇花ざかり 大塚 @bnnnnnz

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ