第13話

 おのおのが特徴的な仮面を被り、和やかに談笑している。

 ちょっとと思ったのは、誰もが薄手の衣装を纏い、艶やかさというか、妖艶さがそこにあったからだ。

 なのに漂白された抜き型も併存されていた。

 けったいな存在感なのに、違和感がない。

 こういうものだと、割り切って場に入り込む。

 しゃがれた女声に呼び止められた。

 威厳がある、背丈のある貴婦人然としている。

「あなたも永住者ね?もうどれくらい経つの?」

 ここにいる俺を見ているのではなかった。

 かつての在りし日を懐かしんでいるのだ。

「3千年をこえたあたりから数えるのをやめました。時間は自慢じゃなくって、ただのコーヒーの染みだってね。それからは、哲学ゾンビ的発想をやめて、好きなことを好きなだけ、精力的にやってますよ、おかげさまで」

「羨ましいわ。私にはそこまでの割り切りは苦痛を伴っているもの。どうかしら?礼節や慎みは忘れてしまったかしら?直裁にした方が良い?」

「いえ、そこは澱のように頑固なのです。

 初めまして、ホシミと申します、リアル世界出身の一般人でございます。以後ご見知りおきを」

 貴婦人は略式の礼をとった。

 クーセラとだけ、名乗った。

 それだけで、彼女がパワーマスターズ、真の実力者たちの一員だというのが証明されうるのだ。

 ここには有象無象ありもするが、鍵を握っているのは、彼女のような力あるフィクサーたちなのだ。

 こちらは最大限の礼をとらせていただいた。

 かしずくように、手の甲にそっとキスを返す。

「ようこそ、うわっらの皮の帝国へ。終わりなき騙し合いのゲームの観戦にでもきたのかしら?」

「あなたがた知の悪魔の仕掛けあっている深謀遠慮なゲームにはとんと興味はありはしませぬ。

 回りくどい言い回しは省かせてもらいます。

 新しいタイプの生命が、世界の法則の理を乱そうとしているのを聞き及んでいます。どういうことですか?その存在自体が、世界のありように負荷をかけているということなのですか?」

 貴婦人は落ち着いていた。

「ふふ、御大層な秘密に関わったものね。新しい宇宙は次なる投機の対象なのだけれど、今回のはまた別。私たちとしても、ちょっとした困った事態を引き起こそうとしているの。彼女───仮にαと呼んでおくわね、はあらゆるをひとつにまとめてしまうの」

「ひとつとなりしもの?」

「それだと理想なのだけれど───まとめかたはもっと雑。混沌の極み。何もかもが入り混じっているの。普通は出来の悪いキメラが出来上がって、エントロピーの終焉を迎えるのだけだったものが、筋違いの創発が起きて、エラーがエラーで無くなってしまい、全てがあり得てしまうことになってしまうの。過去から未来までが陸続きになってしまうのよ。そうなると、ひとつとなりしものでは志向されていた、集合意識みたいなものは既に排除されて、別のものが目指されてしまう」

「原宇宙の、世界の源までの退化みたいなものですか?」

「それをどうよびあらわせばよいのかまでは

 わたしたちの間でも議論の最中で、定まってはいないの。ただひとつ言えるのは、この移行のプロセスは、望まれていない。少なくとも、頭のよく回るものにとっては」

「とっかかりはあるのですか」

「そのものはまだいないと言える。産声を上げていないわけではない。いないのにいる、二つを股にかけているのだから。居場所を特定しようにも、するりとその身をすり抜けるばかり」

「量子観測もですか?」

「もちろん、あらゆるは試されたの。それでね、あなたに頼みたいことがあるの。実際に見てきてほしいのよ」

「俺は雇われれば仕事としてこなしてはみせますが。見るって何をです?そいつではないんですね?」

「あなたの持っているボディの眼で、イベント・ホライゾンの因果律の境目にある、図書屋敷にあるという『存在の書』を紐解いてきてほしい。報酬は権限。上位世界にアクセスできるわ。制限はなし。おめでとう、これであなたもパラゴンね」

「俺は今が面白く楽しく過ごせれれば別にパラゴンだって興味はないんです。ただ、今では見れないものが見られそうですね。それはそれでよろしいでしょう。いいですよ、やってやりますよ、やれるところまでですが、引き受けました、どうぞ他の方々にもよろしくお伝えください」

 莞爾。

 次から次へと姿がふわりと消えていく中、

 花の匂いのする少女が近づいてきて尋ねてきた。

「汝の身体は那辺にありや?」

 俺は答える代わりに、回って小さく踊って見せた。

 少女は宣言した。

「身体は体にかえる」

 その花の匂いは、百合であった。

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