悪人の良心

「旦那様、おはようございます。

 お食事の準備が出来ましたので、

 お迎えにあがりました。」


私の給仕は優秀だ。

知性や品はさることながら、

「こいつに任せておけば大丈夫」

という、醸し出される信頼感、安定感がある。


「ほう、今日も旨そうだな」


今日のメニューもウチの管理栄養士が考えに考えた健康的で、しかし美味しいメニューだ。

原材料に健康にいいものを使っていて、

通常のものよりもかなり健康的にできている。


この管理栄養士もウチの給仕が選び抜いて連れてきた栄養士だ。

その日以来、毎日健康なのに旨い、夢のような食事を毎日食べる事ができている。


しかし歳には勝てないものだ。

恐らく私の寿命ももうすぐだろう。

給仕は懸命に看病してくれている。

本当にいいヤツだ。

私もこんな人間になりたかった・・。

そうだ、遺産配分は給仕に一任しよう。







屋敷の主人が亡くなった翌日

給仕の指揮の下、しめやかに葬儀が行われた。


そして給仕から、

遺産の配分内訳が発表された。


「私が決めるのも恐縮ですが、

 私が決めるようにと旦那様から一任されておりますので、私の独断で決めさせていただきます。」


給仕の口から各人の金額が発表される


「奥様には10億円、

 続いて管理栄養士の方にも1億円、

 続いて・・」


なんと屋敷に勤める全員に遺産が振り分けられていく。

そればかりか隣人や親しい友人にまで・・


そして


「続いて良くしてくれていた牛乳屋に3000万円。

 以上でございます。

 ・・それでワタクシですが、

 残った端数だけ頂ければ十分でございます」


妻や使用人は涙した。

かつてこれ程素晴らしい給仕がいただろうか。

妻は


「これからも、末永く、

 よろしくお願いいたします」


と涙ながらにお願いした。




給仕は本当に善い人間だった。

端数として受け取った258万円を

即座に全額寄付したのだ。




程なくして、給仕は逮捕された。


屋敷の主人は

裏で汚れた金を回す詐欺師だった。

しかし給仕があまりに善い人間なため、

「給仕に対してだけは、

 私も善い人間として生きたい」

と、給仕にだけは内緒にしていたのだ。


そしてその足のついた金を寄付した給仕は、

あえなく逮捕されてしまった。


給仕は善い人間だった。

主人も給仕には善い人間でいたかった。

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