第100話 二度目の謝罪

「ぎゃーはっはっは!!」


 数分後。

 十三支部の酒場にはイッチーの豪快な笑い声が木霊していた。


「なるほど、それでシエリさんにビンタされちまったってわけか!」

「笑い事ではないぞ!」


 エールの注がれたジョッキの底をテーブルにドン! と叩きつける。


「シエリに嫌われてしまった。ウィスリーまで怒って帰ってしまったし、俺はこれからどうしたらいいんだ」

「そんなのいちいち気にすんなってぇ!」


 打ちひしがれて酒をかっくらう俺の肩をイッチーがバンバンと叩いた。


「別に嫌われてはおらんのではないかの」

「鈍感ここに極まれりなんだぜ」


 ニーレンとサンゲルも他人事だと思ってゲラゲラ笑いおってからに。


「鈍感というわけではない。俺は彼女たちの気持ちに気づいている!」

「それなのにハーレム発言が出ちまうっていうのがアーカンソーさんらしいよなぁ!」


 イッチーたちがどっと沸く。


「あれはフワルルにハーレムを作ったほうがいいと言われたから……」


 俺の発言を聞いたニーレンとサンゲルが同時に首を横に振る。


「あのエロエロ娘っこたちの尺度で嬢ちゃんたちを測れば、そりゃこうなるだろうの」

「ウィスリーちゃんが怒るのも無理ないんだぜ」


 やはりあれは怒られて当然だったのか……。


 意見として確認したかっただけなのに、シエリにいきなりビンタされたから非常に驚いた。

 まだ頬がヒリヒリするが、これを治療ヒールするのは人の心がない行為な気がする。


 そしてウィスリーには「やっぱりご主人さまは巣作り女がいいんだ!」とまで言われてしまう始末。


 店を出るふたりを追いかけようとしたが「ついてこないで」「ご主人さまなんか知らない」とはっきり拒絶されてしまった。


「やっぱり駄目だ。おしまいだ……」

「だから気にし過ぎだっての。あのふたりがこれくらいで離れてくなんて絶対ないって。俺が保証するからよぉ。ちょっとやらかしたくらい、いくらでも取り戻せるさ!」

「違うんだイッチー。やらかしただけならまだいい。いろいろやろうとした挙げ句、今日はなんの成果もなかったんだ」


 ウィスリーの抱えるトラウマについては進展なし。

 ウィスリーとシエリの仲についても同様。

 三人娘の協力も保留になってしまった。


「だからアーカンソーさんは、生き急ぎ過ぎなんだって! 普通の人間は毎日成果を上げ続けるなんてできゃしねぇんだよ! それに前にも言ったろ。アンタは全部自分で考え過ぎるって!」

「む、むう……」


 それは確かにイッチーの言うとおりなんだが!


「アーカンソー殿は『なるようになる精神』を育むべきだの」

「明日は明日の風が吹くんだぜ」


 まあ、ここはニーレンとサンゲルの意見が正しいか……。


 今日が駄目でも明日がある。

 ふたりにどんな顔をすればいいかわからないし気は滅入るが、時間が解決してくれることもあるだろう。


 とりあえず今は酒の力に頼るか。

 十三支部で酒の味を覚えたのは幸いだったかもしれない。

 今夜ぐらいは酒におぼれてもいいよな……。


「あ、あの……」


 声がした方を振り返る。

 レダが気まずそうな顔で突っ立っていた。


「どうした? 今日はもう宿に帰ったんじゃなかったのか」

「その……やっぱりもっとちゃんと謝りたくって。今日は本当にすみませんでした!」


 いきなりレダが深く頭を下げてくる。


「本当にどうした?」


 心配になったので席を立って向き直る。

 顔を上げたレダがとつとつと語り出した。


「自分勝手な考えで『ごしゅなか』の皆さんにご迷惑をおかけしてしまいました」

「ほう?」

「わたしたち、ようやく気づいたんです。自分に甘えてたってことに。自力じゃ幸せになれないなんて、ただの思い込みだったって……」

「ふむ?」

「だ、だからその……皆さんにちゃんとお詫びをしたくて。あのふたりにも伝えておいてくれませんか?」

「なるほど、話はわかった」


 レダは何かしら失敗したと感じることがあって、俺たちに迷惑をかけたと思い込んでいるのだろう。

 何をそこまで気に病んでいるのかは不明だが、レダが心から謝罪したいのは理解した。

 ひとまず彼女が悔やんでいる気持ちをんであげるべきだ。


「君の想いは君のものだ。俺にはどうしてあげることもできない」


 レダがびくっと肩を震わせてうつむいた。


「しかし、反省する気持ちがあるのなら改めることもできるだろう。大切なのは失敗から目をそらさず、失敗を認め、失敗から学ぶことだ。君たちなそれができるだろう」


 むっ、今の自分に思いっきり刺さるな!

 そうだ、ショックのあまり基本的なことを忘れていた。 

 今回の失敗をしっかり分析しなければ。

 

「なんだか説教臭くなってしまったな。とにかく気にしないでくれ」


 そう締めくくるとうつむきがちだったレダが驚いて顔を上げた。


「あそこまでしたわたしたちを、許してくださるんですか?」

「許すも許さないも、君たちは別に?」


 俺の言葉を聞いたレダが瞠目どうもくする。

 その視線が俺からイッチーへと流れた。


「イッチー。全部アンタの言うとおりだったよ」

「……そうか。へようこそ。それで? お前、まだ冒険者を続けんのか?」


 ん?

 今の話の中にレダが冒険者をやめるみたいな話はなかったよな?


「もちろん。イッチー……アンタが約束を思い出すまでね」


 不敵に笑ってからレダは身をひるがえした。

 その際、こちらを振り向いて俺に会釈えしゃくしてくる。

 うなずき返すと今度こそ店を去っていった。

 

「イッチー。約束を忘れるのは人の心がないぞ。早く思い出してやるといい」


 ちょっとした意趣返しのつもりでイッチーの肩を小突く。


「へへっ、別に忘れちゃいねぇって。相応しいと思える自分になれるまで、こっちから言い出せないってだけの話さ」


 自嘲気味に笑いながら、イッチーは強い酒を一気にあおった。

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