第93話 規格外(レダ視点)

「ふむ。遠征クエストか」


 アーカンソー様がわたしたちが渡したクエスト受領証に目を落とす。


「ご主人さま。『えんせーくえすと』ってなーに?」


 チッ、この竜娘メスガキ

 アーカンソー様の前だといつも媚び媚び口調になりやがって。

 あざといんだっつーの。


「遠征クエストというのは要するに王都から離れた場所に出向く必要がある仕事のことだ」

「そうなんですよー! 歩いたら片道一週間くらいかかるし、だから道中が心配でぇー」


 ……なーんてね。


 ぶっちゃけ街道はばっちり警備されてるからモンスターも賊も出ない。

 宿場町もたくさんあるし、その中にはわたしたちがよく利用する連れ込み宿もある。

 往復で十四日もあれば、小娘ふたりを出し抜くチャンスはいくらだって――


「行き先はコルモドールか。君たちは実に運がいいな」


 アーカンソー様がわたしに受領証を返してくれてから、悪巧みを思いついたような笑みを浮かべた。


「えっ? それってどういう意味です……?」

「あの地方にはダンジョン攻略で行ったことがある」


 あの、アーカンソー様。

 それだと質問の答えになってないんですけど……?


「あっ! コルモドールって聞き覚えあると思ったら、あたしたちで攻略した地龍皇ダンジョンがあったところじゃない!」


 うへぇ〜。

 シエリだかシリエだか知らないけどいちいち「あたし昔から一緒です」アピールしてくんなっつーの。

 ほんとウザいんですけど?

 

「行ったことがある、のはわかりましたけどぉ。なんで運がいいんですかぁ〜?」


 フワルルが一番聞きたいことを聞いてくれた。


「行くのに一週間もかからないということだ」


 そう言ってアーカンソー様が指を鳴らした瞬間。

 周囲の景色がぐるんと変わった。


「……へ?」

「着いたぞ」


 さっきまで十三支部にいたはずなのに、わたしたちはいつの間にか街道から少し外れた広場にいる。

 すぐ近くには町の入口が見えてて……。


「えっと。これ、何が起きたんですか?」


 わたしは意を決して聞いてみた。


範囲瞬間転移マス・テレポートを使った」


 いやいやアーカンソー様、当然のようにおっしゃられてますけどね。

 わたし、そんな魔法見たことも聞いたこともないんですけど!?


「三人とも知らないって顔ね。無理もないわ。瞬間転移テレポートは術者の視界内か、転移陣を設置してある場所のどちらかに瞬間移動する上級魔法よ。あたしも使えるけど、範囲マス化までは無理ね。魔力が足りないもの」


 これくらいは序の口だといわんばかりに解説する小娘シエリ

 アーカンソー様が何もない地面を指差した。


「地龍皇ダンジョンを攻略するとき、この広場の地面に転移魔法陣を設置したんだ」

「転移魔法陣なんて見当たりませんけど……」

「当然、不可視ふかしにしてある」


 何が当然なの……?


「ちょーっと待ってください。つまり、ここって――」

「ああ、コルモドールだ」


 ……嘘でしょ?

 さっきまで王都の十三支部にいたのに?


「とにかく我々はコルモドールの町近くに転移した。もし必要なものがあれば、ここで仕入れるといいだろう」


 アーシが何かに気づいたようにハッとした。


「ま、まさかと思うけど帰りも同じ魔法使えちゃったりするし……?」

「無論だ。王都郊外にも転移魔法陣を設置してある」


 アーカンソー様のあまりに無慈悲な答えを聞いて目の前が真っ暗になった。


 これってつまり、往復十四日間の猶予が全部消し飛んたってこと……!?


「そ、そんな……」


 がっくりと膝をついて項垂うなだれるわたしの肩を誰かが叩いた。

 振り向けば真顔の竜娘メスガキ


「な、何よ?」

「残念だったな。心配だった道中にゆっくりできなくて」

「クッ……!」


 手を振り払おうとしたけど、あっさり回避されてしまった。

 竜娘メスガキはそのままアーカンソー様のもとへ駆けていく。


「ウィスリー。レダたちは何故あんなに落ち込んでいる? それに何を話していたんだ?」

「人生に疲れてたみたいだから慰めてやった」

「そうなのか。ウィスリーは優しいな」


 騙されてるわよアーカンソー様ぁぁ!

 その竜娘メスガキの中身は――


「ん、今のは違う。優しくしてない。傷口に塩を塗ってやった」


 あれ?

 こいつ、主人に猫被ねこかぶってるわけじゃないの……?


「そ、そうか。敵視はほどほどにな」

「それは無理。ご主人さまに近づく……えーと……『はつじょーき』の女どもに容赦はできない」

「ウィスリー、それは違う。人間に発情期はない。いつでも発情できるからな」

「そーなんだ! じゃあ『まんねんはつじょーき』の女だね」

「それだとほとんどの人間女性が該当してしまうな。もっと穏当な……そう、マイルドな呼び方を考えておきなさい」

「あいっ!」


 どこかズレた会話を繰り広げながら、そのまま仲良く町の方へ歩いていくアーカンソー様と竜娘メスガキ

 まるでわたしたちのことなど忘れてしまったかのように自然な歩みだ。


「……フン」


 その光景をどこか寂しそうに眺めていた小娘シエリが、ふたりの後についていく。


「だいじょ〜ぶ?」

「レダっち、立てるし?」


 フワルルとアーシが心配そうに声をかけてれた。


「ありがと」


 ふたりに助けられながらなんとか立ち上がる。

 そして、先を歩く三人の後ろ姿を見つめた。


「……わたし認める。アーカンソー様のことを甘く見てたわ」

「実力差以前に発想があたしたちと違い過ぎたね〜……」

「早速洗礼食らったし……」


 消沈するふたり、そして何より自分自身を鼓舞するために拳を掲げる。


「でも、大丈夫よ」


 負けてない。

蠱惑蝶こわくちょう』はまだ負けてない。


「わたしたちの『デートクエスト』は始まってすらいないんだから!」

 

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