第68話 かわいい無双

「どうしてこうなったんだ……?」


 十三支部に戻った俺たちは、レダたち三人娘をはじめとした女性冒険者たちに囲まれていた。


「かわいいー!」

「ぷにぷにしてる!」

「ひんやりだし!」


 スライムは女性たちの間で一躍人気となっている。


「そうでしょそうでしょ? えへへー」


 スライムを抱っこしているシエリも自分のことのように嬉しそうだ。


「うーん。さっぱりわからんな……」


 現在の成り行きには首をひねるしかない。


 シエリの「絶対に連れて帰るわ!」というリアクションは完全に予想どおりだった。

 だからこそ従魔契約コントラクト・サーバントでスライムを恒久的な制御下に置いたのだ。


 しかし、モンスターは人類にとって不俱戴天ふぐたいてんの敵である。

 いったいどう説明すればみんなにわかってもらえるか悩んでいたんだが……。


「君たちは、このモンスターが怖くないのか?」


 思い切って聞いて見たところ。


「ぜーんぜん!」

「むしろ弱そうだし、なんか守ってあげたくなっちゃう!」

「それにかわいいは正義だし!」

 

 レダ、フワルル、アーシの三人が「ねーっ!」と口を揃えた。


「かわいいは正義だと? ますますわからん……」


 かわいければモンスターの悪行も免罪されるというのだろうか?

 それでは犠牲になった人々は浮かばれないと思うが……。


「気に入らねぇなぁ!」

「かわいかろうと所詮はモンスターだの!」

「女子にモテるのはなんだろうと許せないんだぜ!」


 おお、イッチーら三人組は期待どおりのチンピラムーブ!

 しかし、モンスターがどうこうというより女子にモテているスライムに嫉妬している感じだな。


「ピュイ?」

「あ、この子鳴いた!」

「癒されるーっ!」

「ちょーかわいいんだけどー!」


 女性陣はまったく男性陣を相手にしない。

 ずっとスライムに夢中だ。


「くっ……」


 イッチーが悔しげにうめいた。

 耳ざとく聴きつけたレダがニヤリと笑う。


「あれ? あれあれあれぇー? ひょっとして本当は気になってたりするんじゃないのぉー?」

「んなっ!? そ、そんなわけねぇだろ? だいたいスライムなんかに触ったらヌトヌトのネチョネチョでお前ら溶かされちまうぜぇ!」

「普通のスライムはともかく、この子はそんなことしないわよ! ほら!」


 イッチーに反論したのはシエリだった。

 抱っこしていたスライムをイッチーに差し出す。


「かわいいでしょ? ね? ね?」

「お、俺はスライムなんて別に――」

「ピュイ」

「か、かわいい……」


 イッチー、秒で陥落か。

 まあ、なんとなく予想していたが。


「さ、触らしてもらってもいいですか?」

「いいわよ!」


 シエリに断ってからスライムにおそるおそる触れるイッチー。


「ひんやりでぷにぷにだ……」


 あんまり触られると、感覚共有のせいでこそばゆいのだがな。

 リンクを完全に切ってしまうと制御に支障をきたすし、困ったものだ。


 しかもシエリがスライムを抱っこしていると、彼女の大きな胸に顔がずっとうずまっているような感覚があって、無駄に性欲を刺激される。

 従魔契約の件をバラして俺が怒られるだけなら問題ないが、それをすればシエリの夢を壊してしまう。

 だからといって抱っこをやめるように言っても、全然聞き入れてくれない。

 感覚共有については、いずれ改良が必要だな……。


「ワ、ワシも触らしてもらってもいいかの」

「オレもお願いしたいんだぜ」


 ニーレンとサンゲルまで折れたとなると、他の男性冒険者たちがほだされるのも時間の問題か。


 しかし現在の十三支部にはまだ一名、洒落しゃれの通じない人物がいる。


「……そのモンスターは何ですか?」


 店内がしん、と静まり返る。

 夜シフトに入ったメルルが、スライムに殺気まじりの視線を向けたのだ。


「あっ、違うのよメルル! この子はね――」

「いいえ、シエリ様。どんなにおとなしく見えてもモンスター。いずれ必ず人々に害を為します。今すぐ排除せねばなりません」


 メルルが戦闘態勢に入る。

 相変わらずの脳筋っぷり……とはいえ、これが想定した普通の反応なんだがな。


 今度こそ俺が動くしかない、と席を立とうとすると。


「ねーちゃ!」


 ウィスリーがてててっとメルルに駆け寄り、何やらコソコソと耳打ちした。


「……ああ、そういうことだったの」


 ウィスリーがこくこくと頷くと、メルルの闘気が一瞬のうちに霧散する。


「そのモンスターは特別なのですね。問題ありません」

「え? う、うん。そうなのよ……」


 態度を豹変させたメルルを見て、シエリだけでなく、みんながぽかーんとしてしまった。


「いったい何を言ったんだ? 『フレモン』と説明して納得するようなメルルではなかろうに」


 俺はトコトコと戻ってきたウィスリーに耳打ちする。

 すると彼女は少しはにかみながら、小声でささやいた。


「あのスライムはご主人さまが作ったんでしょ?」

「なっ、見ていたのか?」

「ううん。でも、あのスライムからご主人さまの匂いがしたから、そうなんだろうなって!」


 匂いだとっ!?

 いや、確かに消臭処理はしなかったからな。竜人族の知覚力を甘く見たか。

 まあ、いずれウィスリーには打ち明けるつもりでいたが……。


「シエリのためにしてあげたんだよね? どうやって作ったのかはわかんないけど、やっぱりご主人さま優しいんだなって、ずっと思ってたんだー!」


 だからスライムを見てあんなニコニコしていたのか。


「メルルを説得してくれてありがとう、ウィスリー」

「にへへー」


 頭を撫でられてご満悦のウィスリー。 

 いやはや、この子は賢いだけではなく、とても気の回る女の子だな。

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