第67話 従魔契約

「えっ、それが街道に出没してたスライムだったの……?」


 連絡を受けて戻ってきたシエリが目を丸くした。

 その視線の先にはスライムがいる。


「正確には貨物を襲ったスライムは別にいたんだがな。そいつを倒したら、こいつが出てきた」


 という設定にした。


「ていうか、この子……『フレモン』に出てくるスライムそのまんまじゃない!!」


 そのとおり。

 スライムの形状は手のひらサイズのまんまるとしたプヨプヨで、かわいらしい顔がついている。

 完全に絵本に登場するスライムのそれだ。


「なんかご主人さまの話で聞いてたのより、だいぶかわいいね! でも、噛みついたりしない?」

脅威探知エネミーサーチに反応はない。無害だ」

「へええ~」


 ウィスリーがしゃがみ込んでスライムをつんつんとつつく。


「……ピュイ?」

「しかも鳴いたわ!?」


 シエリが目を丸くして驚いた。


「かわいい~。『はっせーきかん』とかどーなってるのかな?」


 発声器官か。四叉路しさろといい、ウィスリーは自分が書けなさそうな難しい言葉をたくさん知っているな。


「でも、なんでこのスライムは襲ってこないのかな?」


 ウィスリーが素朴な疑問を口にした。

 思わず俺は目をそらす。


「そ、そうよ! モンスターは交渉が不可能で分かり合うことなんてできないはずなのに。アーカンソーだってそう言ってた! なのに――」

「すまない、シエリ。俺でも間違えることはあるんだ」


 恥じ入るように頭を下げてから、俺は改めてスライムを指し示した。


「見てのとおりだ。『フレモン』のスライムは実在した」



 ◇ ◇ ◇



 使い魔契約コントラクト・ファミリアという魔法がある。

 その名のとおり、小動物と契約して使い魔ファミリアにするための魔法だ。


 今回、俺はこの魔法をヒントに『フレモン』のスライムを実在させることに成功した。


 使い魔ファミリアにはさまざまなメリットがある。術者と五感を共有したり、魔力を融通してもらうことができるのだ。

 その代わり、使い魔が受けたダメージは術者が肩代わりしなければならない。感覚共有を完全に断てないが故のデメリットだ。

 だから偵察に出すにはリスクが高く、術者にとっては弱点にも成り得る。

 そのためモンスターから取れる魔石で魔力を回復するようになった現代では廃れた魔法だ。


 さらに契約を結べる相手はあくまでネズミ、猫、フクロウなど一部の小動物だけだ。

 人間やエルフ、ドワーフなどの人型種族はもちろんのこと、モンスターと契約を結べた前例はない。


 理由はあきらかである。

 人型種族では魂が大きすぎて主従契約を結ぶのに不都合だからだ。

 そして、そもそもモンスターには契約を結ぶのに必要な魂がない。


 逆に言うと小動物並みの魂をモンスターにしまえば、理論上は使い魔に変えることができるのではないか?

 そのように考えることはあったものの、自分よりも弱いモンスターを使役するメリットがなかったので、これまで試したことはなかった。


 幸いなことに俺の魂は普通の人よりも大きいので、オリジナル魔法の魂魄授与トランスファー・ソウルエナジーによってスライムの核に魂を与える作業自体は造作もなかった。

 だが、さすがに従来の使い魔契約コントラクト・ファミリアではスライムの核と契約することはできなかったため、新たに従魔契約コントラクト・サーバントという魔法を即席で開発する必要があった。


 それさえ使えば、あとは簡単だ。

 スライムの核を媒体とし、魔法生物創造クリエイト・マジカルクリーチャーの魔法で絵本のスライムを正確に再現するだけでいい。

 ここまでしてようやく『フレモン』のスライムが完成した、というわけである。


 とはいえ、不安材料がなくもない。

 あまり時間がなかったから従魔契約コントラクト・サーバントの検証シミュレーションが不十分だったのだ。

 だから、何かバグが起きる可能性はあるのだが……まあ、後で修正すればいいだろう。


「じゃあ、あの絵本はフィクションじゃなかったの……?」


 シエリがぽつりと漏らた一言に、俺はあくまで無言を貫く。

 騙すようで胸が痛いが、これで彼女の思い出が守られるなら安いものだ。


「この子、抱っこしてみてもいいかしら?」

「いいぞ。安全は既に確認した」


 このスライムは今や完全な制御下にある。

 自我と呼べるだけの思考力はないが、通常のモンスターのように破壊衝動に身を任せることはない。


「ピュイ」

「おとなしいわね……」


 スライムはシエリに抱っこされたままリラックスしている。

 カットしきれない感覚共有によってシエリのぬくもりが俺の顔にも伝わってきた。

 まるでセクハラをしているような罪悪感が湧いてくるが、辛抱する。


「そっか……『フレモン』って本当にいたんだ……」


 シエリの頬を一筋の涙がつたった。

 お、俺はまた何か間違いを……!?


「ご主人さま」


 動こうとした俺のローブの袖をウィスリーが掴んだ。


「あれはね、きっと流してもいい涙だよ」

「そ、そうなのか……」


 俺とウィスリーはシエリが泣き止むまで見守った。

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