第59話 邪神像

 俺たちは神殿内を調査して、寝袋の近くに落ちていたアドバルの手記――解凍する必要があったが――を発見した。


 その内容は俺が予想していたよりも、はるかに短絡的たんらくてきだった。


 十三神官の中で最弱という評価に不満を持っていたアドバルは、教団の集会情報をマニーズに売り渡したらしい。

 動機は金欲しさというより溜飲りゅういんを下げるためだったようだ。

 この点は何度読み返しても理解に苦しむ。


 しかも『はじまりの旅団』にディサイプル教団を潰されたのは計算外だったようだ。

 まさか自分以外の十三神官が全滅するとは露ほども思っていなかったらしく、俺たちへの恨み事がつらつらと書かれている。

 途方に暮れたアドバルは、マニーズから汚れ仕事を受けながら下水道に潜んでいたらしい。


 あえて言おう。

 馬鹿なのか?


「――……そして今度は身勝手な復讐心から王都を災火神に捧げようと生贄を集めていた……とのことだ。身勝手な上に愚かだし、情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地もない。救いようがないな」

「邪神にすがるような悪人に救いなんてあってたまるもんですか」


 そうつぶやいたシエリに俺も頷き返すしかなかった。

 まさか十三神官最後の生き残りがこんな低次元の輩だったとは……。

 本当に拍子抜けもいいところだ。


「ご主人さまー。この邪神像はどうするの?」


 ウィスリーが最奥さいおうに鎮座するベレイドーラの邪神像を指差した。


「どうすると言っても、これ自体はただの石像だ。生贄が捧げられていれば邪神ベレイドーラの肉体となって王都を炎で包んだのだろうが……儀式をするはずだった邪神官が氷漬けだからな。無害とは思うが、念のため破壊しておこう」


 俺がパチンと指を打ち鳴らすと、邪神像はヴヴヴと微細に震動した後、木っ端微塵に砕け散った。


「破壊できるなら最初から壊しておけばよかったんじゃない?」


 シエリが微妙な顔をする。


「邪神像を壊しただけでは安心とは言い切れないから優先順位は低かった。アドバルが自分の肉体に邪神を『降ろす』可能性もあったしな。もっとも、あの日記を読む限りそんな実力はなかったようだが。何より、俺は援護に徹すると約束したし……」

「ご主人さま! 像の中におっきな魔石があったよ!」

「なんだと?」


 いつの間にか石像の残骸を調べていたウィスリーに呼ばれて向かう。


「ほら、これ! 『おたから』かなっ!?」


 ウィスリーが嬉しそうに両手に抱えた魔石を見せてくる。


「確かにこれは大魔石だな。ダンジョン深層のボスクラスでないと落とさない。金貨数千枚の値打ちがあるぞ」

「ホントに? やったーっ!」


 ウィスリーが目をキラキラさせながら自分の頭よりも大きい魔石を掲げた。

 これにはシエリもご満悦だ。


「アドバルの賞金ももらえるし、十分な収入が見込めそうね!」

「ふむ。邪神像に大魔石を組み込んで邪神降臨の儀式に必要な魔力を補おうとしたか。これは儲けたな」


 やはり冒険で手に入る報酬は、いいものだ。

 特に悪しき目的で使われるはずだったアイテムを社会に還元する形で売却できるのは、本当に素晴らしい。


「あ、そーいえば下手に追い詰めると『しんかくのぶぶんしょーかん』をされるかもしれないんだったっけ? やっぱり危ないヤツだったんだ」

「そうね。アーカンソーから事前に話を聞いてなかったら、もっと別の魔法を使ってたと思うわ」

「だよね! やっぱりご主人さまの作戦がすごい!」

「そうそう、アーカンソーはすごいのよ。アンタやっぱわかってるじゃない」

「にへへー。お前もな!」


 ウィスリーとシエリが何故か俺の話題で意気投合している……?


「別に褒められるようなことはしてないと思うが……」

「そんなこと言って。ああ言えば、あたしが絶対零度アブソリュート・ゼロを使うってわかってた癖に」

「買い被りだ」

「ふーん?」


 シエリが全く信じていない顔でにやにや笑っている。


「本当なんだがな……」


 実際、アドバルを仮死状態にすれば神格の部分召喚も防げる、というところまでは考えが至らなかった。

 むしろアドバルが自分の命を使って神を召喚するところまで織り込んでいたのだがな……。


「それにご主人さまなら邪神が出てきても、やっつけちゃいそう!」

「さすがにそれは……いや、ありえるわね。アーカンソーなんだし」

「そ、それは……まあ、いいじゃないか! 何事もなかったのだから」


 楽に勝てた上に、リスクも負わずに済んだのだ。

 わざわざ帰らせる必要がないなら、それに越したことはない。


「さあ! 十三支部へ帰るぞ! みんなが待っているはずだ!」

「あーいっ!」

「ちょっ、本当に倒せるの!? 詳しく聞かせなさいよーっ!」

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