第57話 “火鞭”のアドバル

 準備を終えた我々は、アドバルのいる区画へ突入した。


「クィーヒッヒッヒ! 生贄の数もようやく揃う! もうまもなく! まもなく災厄の炎が王都を包み込むのだぁーっ!!」


 祭壇の前で両手を天に向かって掲げながら邪神官が哄笑こうしょうしている。

 間違いなくアドバルだろう。


 どうやら下水道の一区画を即席の神殿に仕立て上げているようだ。

 最奥さいおうには災火神ベレイドーラと思しき禍々しい神像まである。

 サイズ的に運び込んだものではなく、石像作成クリエイト・スタチューの魔法で用意したものだろう。


「そこまでだ!」

「何者だっ!?」


 あえて奇襲の利アドバンテージを捨てて声をあげると、アドバルが驚いた顔で振り返る。

 本来なら正体を明かすメリットなどないのだが、ウィスリーの立てた作戦なので名乗りを上げた。


「我々は……十三支部の冒険者パーティ『ごしゅなか』だ!」

「十三支部の『ごしゅなか』ぁ? クィーッヒッヒ! 王都の底辺穀潰しどもが何をしに来た!」

「目的はただひとつ。金だ! お前の首にかかっている賞金をいただく!」

「なぁにぃ? 最弱冒険者どもが! たった三人で“火鞭”のアドバルをやるつもりか? クィーッヒッヒッヒッヒ! 本当に笑わせてくれる!」


 すごいぞウィスリー、完璧だ!

 奴は侵入者を発見したときの対処をおこたり、あろうことか我々との会話に興じている!


 まさか、十三支部を名乗るだけでここまで侮ってくれるとは……。

 これならシエリに仮面を被ってもらった甲斐があるというものだ!


 そういえば、仮面といえば……。


――「何よ、このデザイン! 絶対イヤよ!」


 最初はあんなに嫌がっていたのに。


――「えっ? これ、アンタが被った仮面なの!?」


 どうして今のシエリはあんな嬉しそうに体を揺らしているんだろうか。

 心なしか息も荒いし、ウィスリーに憐れみの目を向けられても気にしてない。


 何がなんだかわからない。

 もっと人の心を勉強しないといけないな。


 さて、すっかり油断しているアドバルはというと……。


「クィーッヒッヒ。本来であればレッサー・デーモンを召喚して相手をさせるところだが……」


 グレーター・デーモンではなくレッサー・デーモンだと?

 あんな下級魔神では召喚しても足止めにもならないと思うが、いったい何を考えている?

 役に立たないとわかっているから、喚べるが喚ばないとアピールしているのか?

 本当に意味不明だな。


「いいだろう! 少し遊んでやる!」


 邪神官の手の中に左右一本ずつ、炎の鞭が形成された。

 いずれも獲物を探す蛇のように蠢いている。


「さあ、我が火鞭の結界……貴様らに突破できるか!」


 詠唱無し、魔力消費なし、しかもノータイムでの発動。

 十中八九、ベレイドーラの加護だな。


 神官は一日に何度か、念じるだけで各神に対応した加護を受けることができる。

 俺も詳しく知らないが、どうやらベレイドーラの加護は火炎操作フレイム・コントロールの魔法に相当するようだ。その名のとおり炎を操り性質を変える魔法だが、アドバルの場合は炎を鞭にするらしい。


 しかも発言からして間合いに入った敵を自動で迎撃する術式が組まれているのは確実だ。

 “火鞭”の通り名、ここにあり……というわけだな。


 しかし左右にそれぞれの火鞭を持っているから両手が塞がっている。

 この状態で魔法を使うには動作要素省略の技術スキルが必要だ。

 普段の俺であればアドバルが技術スキルを持っている……と考えるところだが、言動からして我々を甘く見て魔法を使うまでもないと早合点した可能性のほうが高い。


 ウィスリーの作戦は成功した。

 だが、詰めには早い。

 ここで我々が油断しては本末転倒だ。


 俺は本気を出した相手と戦うのが好きな戦闘狂ではない。

 どんな手を使っても掴む勝利が未来に繋がると信じる、どこにでもいる卑怯者だ。

 だから油断した敵を油断させたまま仕留めるに越したことはない。


「よし、ふたりとも。行くぞ!」

「あいあい!」

「がってん!」


 さあ、戦闘開始だ!

 俺は援護に徹し、ウィスリーとシエリに花を持たせてみせるぞ!

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