第53話 邪神官の影
「ムニャムニャ……ん? あれ? オレは――」
目を覚ました男の目の前で指をパチンと鳴らす。
「やあ。お目覚めか?」
「……お? よう、ダチ。元気そうじゃないか」
男は
その様子を見ていたカイルが驚く。
「えっ! その人と友達だったの?」
「シーッ! 後で説明するから、今は黙っててね」
最初の
俺では子供の対応に右往左往するから正直言って死ぬほど助かる。
「まずは君が何者で、ここで何をしてるか教えてくれ」
「オレはしがない傭兵崩れさ。金で雇われて女どもを見張ってた」
「お前が彼女たちをさらったのか?」
「そっちは別の奴らが担当だけどな。今はあっちで酒でも飲んで……って、ありゃ? 壁ができてる。これじゃ戻れないな」
傭兵がシエリの作った
「どうして女性たちを集めている?」
「さあ? 生贄にでもするんじゃないか」
生贄だと……?
「いったい誰に雇われているんだ?」
「アドバルとかいう陰気な邪神官さ」
「アドバルだとっ!? まさかとは思うが“
「ああ、そうだぜ」
傭兵の言葉を聞いたシエリが顔をしかめた。
「まさか、ここであいつの名前を聞くことになるなんてね」
「知り合いなの?」
カイルが小首を傾げる。
俺とシエリは互いに顔を見合わせてから、首を横に振った。
「いいや。奴はディサイプル教団の幹部。敵だ」
「正確には元幹部ね。教団はもうあたしらが潰したから」
ディサイプル教団。
早い話が王国転覆を企んでいた、既に存在しない巨大カルトだ。
十三柱もの邪神をそれぞれの邪神官たちが信奉し、同じ目的のために同盟を組んでいた。
「アドバルは取り逃がした数少ないハントターゲットだった。まさか王都に潜んでいたとはな」
アドバル・フォイエ・ツァイコバルスキー。
通称“火鞭”のアドバルは
タレコミのあった教団の集会にただひとり、最後まで現れなかった幹部でもある。
「あー、思い出した。そういやアンタが他の幹部をハメたのが、あいつじゃないかって言ってたっけ」
「奴自身が当局にタレコミをしたと考えるのが自然だったからな」
何故味方を売ったのか、最初は疑問だった。
しかし、よくよく考えてみればそれほど不自然な話でもない。
元来、別々の神々を崇める邪神官同士は仲が悪い。
ディサイプル教団自体が異例なのだから、一時的に手を組んでいたと考えるのが自然だ。
つまり、目的を果たしたアドバルが用済みとなった他の邪神官たちを一掃するために教団を売った、と考えられる。
頭を使い、労さずして目的を果たすという意味では若干のシンパシーを感じるが、そんな邪神官が王都に潜んでいる状況は危険だ。
何か壮大な計画を企てている可能性が極めて高い。
「あいつの首には
「もちろん狩るとも。それとも気が乗らないか?」
「まっさか。この人たちを助けてもタダ働きにはならなくなるってことだし!」
俺とシエリは目先の金にこだわっているわけではない。
それでも冒険者としての矜持を守りながら人助けができるなら、それに越したことはない。
「アーカンソー。アンタの見立てだとクソ邪神官はどう動くと思う?」
アドバルは俺と同じく極めて慎重で、リスクに身を晒さない性格のはずだ。
そうなると――
「まだなんとも言えんが、我々の正体を知ったら逃げるだろうな。こちらには俺と君がいる。彼我の戦力差は明らかだ。ましてや仲間を売り渡して自分だけは安全なところでのうのうと息をしている男だしな。傭兵たちも平気で捨て駒にするだろう」
「じゃあ、ギリギリまであたしたちの存在は隠しておくべきね」
俺たちの会話を聞いていたカイルが目をキラキラとさせた。
「お姉ちゃんたち、なんかすごいね。歴戦の冒険者って感じで!」
「それはそうよ。あたしたちは――」
シエリが何かを言いかけて、こちらを見た。
なにやら複雑そうな表情を浮かべている。
「……えーっと、そうそう! 十三支部の新人冒険者よ」
「新人なのに、こんなにいろんなことできるですか! すごーい!」
「ふふっ、これから来る十三支部の先輩たちはもーっとすごいわよ?」
何故そこでイッチーたちのハードルを上げる……?
「オレはもういいか? そろそろ戻らないと女に手を付けたのかってドヤされるんだが」
おっと、魅了した傭兵のことを忘れていたな。
「その前に、お前が把握してる戦力と配置を教えてもらおうか」
「いいぜ。まず数は――」
傭兵から話を聞きながら頭の中で作戦を組み立てていく。
最も優先すべきはイッチーたちの到着まで時間を稼ぐこと。
この男たちを魅了して元の配置に戻し、我々はここを守るのがベターではある。
しかし、主犯のアドバルを確実に仕留めるとなると――
「――ってな感じだな」
傭兵の話が終わった。
「もう一度確認する。定期的に女性たちの様子を見に来るのは、お前たち三人だけなんだな?」
「そうだ。だけどあんまり遅くなると他の連中が様子を見に来るかもな」
「そして、お前たち傭兵とアドバルは別行動をしている」
「ああ」
よし。それなら作戦は決まったようなものだな。
怪しまれる前に魅了した傭兵たちとともに奥に向かい、他の傭兵を全員無力化してしまえばいい。
アドバルに気づかれて逃げられるリスクもかなり減らせるだろう。
早速指を鳴らして、まだ眠っていた残りふたりの傭兵たちに
「シエリ。少しの間ひとりで彼女たちを守りきれるか?」
「当然よ。あたしを誰だと思ってるの? 迎撃術式を組む時間はたっぷりあるし、五分もあればこの区画を難攻不落の要塞にできるわ」
「ならば、俺は少し予定を変更して見回りの残りを黙らせてくる」
「アンタなら問題ないと思うけど、
「離れすぎると魔力供給できなくなるが、聞いたとおりの居所なら問題ない」
「あっそ。だったら、さっさと行ってぱっぱと戻ってきなさいな」
シエリが俺を追い払うようにひらひらと手を振った。
俺が決めたことにしぶしぶ従うのは、いつもどおりではあるのだが……。
「シエリ。ひとつ聞いておきたい。さっきはどうしたんだ?」
「なんのこと?」
「カイルに俺たちのことを紹介するとき、何か言い
少し離れたところで姉を介抱しているカイルを見守りながら、そう聞いてみる。
「……ああ、そんなこと。だって、あたしたちはもう『はじまりの旅団』じゃないでしょ」
ああ、つまり……俺たちのことを『はじまりの旅団』と紹介しそうになったわけか。
「今の俺たちは『ごしゅなか』だからな」
「何度でも聞くけどホントーにその名前でいいわけっ!?」
「もちろんだ。ウィスリーが正式名称を、君が略称を決めた。どこにも問題などない」
「アンタって本当によくわかんない奴よね……」
呆れたようにこちらを睨みつけてくる。
よくわからないのは謎の挙動を繰り返すシエリのほうだと思うのだが。
だが、俺もさすがに学んだ。
これは本人には直接言わないほうがいい。
それより――
「……不思議なものだな。昔は何も感じなかったやりとりを楽しいと思える日が来るとは」
「へ? それってどういう――」
「では行ってくる。ああ、そこの
「あーもーうるさい! 言われなくてもそうするわよ!」
こうして半ば追い出されるような形で出発することになった。
「では、道案内を頼むぞ? 我が『友人たち』よ」
「ああ」
「もちろんだ」
「なにしろダチの頼みだからな」
魅了した傭兵たちを従え、俺はこの区画を出た。
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