第49話 ごしゅなか

「……なんだと?」

「正確には、もう辞めてきたんだけどね」


 『はじまりの旅団』を……辞めたっ!?

 だが、そんなことになれば――


「魔法使いが不在になってしまったら、カルンたちが困るんじゃないか!?」

「大丈夫よ。もう後釜は紹介してあるから」

「えっ。じゃあ、いいのか……?」

「異議あーり!!」


 ウィスリーが席から勢いよく立ち上がりながら、ビシッとシエリを指差した。

 さらにテーブルに足を乗せようとして……チラッと俺のほうを見てから、何かを思い出したようにスッと足を戻して深呼吸したあと。


「ダメダメダメ! あちしはそんなの認めないよ!」


 一気にまくし立てた。

 しかしウィスリーの大反対を受けても、シエリは余裕の態度を崩さない。


「あら、おかしいわね? ウィスリー……今回提示された条件の中に『貴女の加入』が含まれてたってことは『はじまりの旅団』であたしとアーカンソーと自分が同じパーティになるのは良かったわけよね? それなのに、あたしが抜けてそっちに行くのは駄目ってわけ? それはさすがに筋が通らないんじゃないかしら?」

「うっ、それは……!」

「ひょっとして、あたしがアーカンソーに色目使うと思ってたりする?」


 絶句するウィスリー。

 シエリが呆れたように肩をすくめた。


「言ったでしょ。失恋したって。あたしは別にアーカンソーとそういう仲になりたいってわけじゃないのよ。だから安心なさいな」

「安心って……ち、違うもん! あちしはご主人さまに変な虫がつかないように使用人として義務を果たしてるだけだもん!」


 ウィスリーが真っ赤になって否定すると、シエリは有無を言わさぬ笑顔で小首を傾げた。


「ふーん。変な虫の定義について語ってもいいけど、この話続けたい? もういいわよね?」

「……あい」


 ウィスリーが涙目で着席する。

 な、何故かはわからないがウィスリーが言い負かされた……。


「じゃ、アーカンソー。そういうことだから、よろしくね。あ、もちろん今更どのツラ下げてって言うなら大人しく帰るけど?」


 ……ああ、そうか。

 リーダーのカルンが来てない時点で、もっとおかしいと思うべきだったのだ。


「君の狙いは初めから俺の再スカウトなどではなく……!」

「フフッ……知らなかった? あたし、負けず嫌いなの」


 ウィスリーが黙り込み。

 十三支部の全員が俺の味方をやめ。

 さらにシエリの加入をこれといって断る理由がない以上……もはやどうすることもできない。


 我々の完全敗北わからせられというやつである。


「えへへっ。初めてアーカンソーに知恵比ちえくらべで勝っちゃったかも♪」


 シエリは何やらプルプルと体を震わせながら、これまで見た中でもとびっきりの笑顔を見せるのだった。



 ◇ ◇ ◇



 そういうわけで我々のパーティに新たな仲間が加わった。


「じゃ、よろしくね。ウィスリー!」

「むー……よろしく、シエリ」


 元パーティメンバーのシエリだ。

 はっきり言って破壊魔法を使わせたら右に出る者はいない。戦力的には大いにプラスと言える。

 ウィスリーとの関係に若干の不安はあるが、コミュ充のシエリのことだ。うまくやるだろう。


 いや、頼むからうまくやってくれぇぇ……!


「ん~~っし!」


 シエリが大きく伸びをした。


「じゃ、改めてお互いの自己紹介もできたことだし……早速クエストを受けにいきましょ!」

「クエスト? 何かやりたい仕事でもあるのか? 今は特に金には困ってないのだが」


 何気ない質問のつもりだったが、シエリは啞然あぜんと見つめ返してきた。


「……え? ち、ちょっと待って。まさかとは思うけど、お金があるからってクエストしてなかったりする?」

「そうだな。『はじまりの旅団』を抜けてからはしてない」

「はぁ……呆れた。クエストをやってないなら冒険者とは呼べないじゃない!」


 酒を飲んでいた周囲の冒険者たちが、まるで胸をナイフで刺されたかのように苦しみだした。


「まあ、いろいろあったからな。それどころではなかったというか……」


 第七支部で受けようとしたが、結局何もできなかったしな。


「言い訳無用っ! あたしみたいに理由があって引き篭ってたとかならともかく、元気なのに真っ昼間から酒場で飲んだくれてるなんて論外よ! いくら十三支部みたいな底辺環境で活動すること自体がキャリア的にマイナスだからって、何もしてなかったらダメ冒険者一直線なんだから! なんでもいいからとにかく働きなさい!」


 十三支部の冒険者たちが拷問を受けたかのように身悶えしている。

 何人かは「仕事します」「本当にすまんかった」「生まれてきてごめんなんだぜ」と店を出て行った。


「ウィスリー! アンタも主人に従ってるばかりじゃなくて、ちゃんとさせなきゃ駄目でしょう!」

「む、むう……!」

「シエリ様のおっしゃるとおりです!」

「ねーちゃ?!」


 メルルの乱入にウィスリーが目を丸くした。


「メイドたるもの主のために心をオーガにして叱らねばならぬときもあります!」


 オーガにならないでくれ。

 心弱き俺を無限に甘やかしてくれ。


「給仕さん、よくわかってるじゃない! 竜人族だからもしかしてって思ってたけど、やっぱりウィスリーのお姉さんだったのね。あなた、名前は?」

「メルルと申します、シエリ様」

「よろしくね、メルル!」

「はい!」


 もうメルルと打ち解けたか。

 やっぱシエリのコミュ力ぱないな……。


「と、とにかくわかった。クエストを受けよう」

「わかればよろしい!」


 まあ、シエリの言うことは正論だしな。

 何かしらクエストを受けるという意見には俺も賛成だ。


「あ、そういえばパーティ名を聞いておかないとね。なんていうの?」

「パーティ名……?」


 俺のオウム返しを聞いたシエリが信じられないものを見るような目を向けてきた。


「まさかとは思うけど、決めてないんじゃないでしょうね?」

「何か問題でもあるのか?」

「あったりまえでしょーが! なんで決めてないのよ!」

「パーティ名なんて、書類上の識別記号のようなものだろう? 適当でいいのではないか」

「……なるほどね。他人の評判を気にしないアンタらしいっていうか」


 シエリが深いため息を吐いた。

 なんだか申し訳ない。


「じゃあ、あたしが決めても問題ないわよね?」

「別に構わんが」


 シエリなら俺が考えるより良い名前をつけてくれるだろうしな。


「でもその前に……ウィスリーは何かアイデアある?」

「えっ、あちし?」


 きょとんとするウィスリー。

 まさか自分に振られるとは思ってなかったようだ。


「経験が浅いとはいえ先任メンバーでしょ。そこんとこはちゃんと弁えてるわよ」


 さすがだな、シエリ。

 あえて自分を下に置くことでウィスリーとの関係を円滑にしようというのだな。

 俺では思いついても実践できない高等テクニックだ。


「おー、先輩を立てるとはよくわかってるじゃんか! えっと、じゃあ『ご主人さまとゆかいな仲間たち』でどーかな?」

「本気で言ってるの? その顔は言ってそうね……アーカンソーはどう思う?」

「いいのではないか」

「いいのっ!?」

「我らのことをよく現している。何よりウィスリーが頑張って考えてくれた名前だしな」


 ウィスリーがもじもじしながら恥ずかしそうにうつむいた。


「ごめんなさいご主人さま……何も考えずに思いつきで言いました」

「謝ることはない。直感は大事だぞ、ウィスリー。そもそもグダグダ考えたところで妙案は出ないものだ。では、そろそろクエストを見繕みつくろいに行くか」

「えっ、嘘でしょ? 『ごしゅなか』で決定なの!?」


『ごしゅなか』か。

 さすがはシエリ、良い略称だ。


「そうだな。では、改めてパーティ名は『ごしゅなか』に決定ということで」

「やったー!」


 アイデアを採用されたウィスリーが手放しで喜ぶ。

 これに慌てたのがシエリだ。


「ま、待って! せめてあたしのアイデアも聞いてちょうだい!」

「ああ、そうだったな。その様子だと、もう決めてあるのだな?」


 自慢気に微笑んだシエリが満を持して披露した。


「フフッ、聞いて驚きなさい。あたしのアイデアは……『アルティメット・アーカンソーズ』よ! どう? 完璧でしょう?」


 俺とウィスリーはほぼ同時に首を横に振った。


「駄目だ」

「ダメだね」

「えっ、そんな! 何が駄目だっていうのよ!?」

「俺の名前が入ってるのが駄目だ」

「『あるてぃめっと』の意味がよくわかんないし、ご主人さまがダメって言ったからダメー」

「な、納得いかなーい!」


 こうして我ら『ごしゅなか』はクエストを受けるために受付に向かうのだった。

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