第22話 転換点

「ああ、もうダメだー」

「ご主人さま、元気出してー!」


 十三支部に戻った後、俺は酒場で飲んだくれてウィスリーに介抱されていた。


「またパーティを追放された……やはり俺には人の心がないんだ……」

「そんなことないってばー!」


 テーブルに突っ伏した俺の背中をウィスリーがさすってくれている。


「追放なんかじゃねぇって。あくまで解散。それにもともとお試しで組んでみるって話だったろ」

「アーカンソー殿は意外と繊細なメンタルしとるんだの」

「パーティは離れても俺たちとアーカンソー氏の友情は健在なんだぜ」


 三人組は落ち込んだ俺を酒のさかなにしてケラケラと笑っていた。


「まあ、人の心がないってのは結局よくわからなかったけどよ。『はじまりの旅団』を追放された理由の一端は見えたかもなぁ」


「それは本当かっ!?」


 ガバッと頭を上げた俺に向かって、イッチーは真面目な顔で指摘した。


「アンタ、ひとりでなんでもできすぎるんだよ」

「ひとりでなんでも……」

「罠探知も罠解除もできるし、魔法だって使える。噂によると剣も戦士並に扱えるって話だろ? そんなん、本職の俺らからしたら仕事取られてるようなモンだぜ」

「それは……そうかもしれないが……」


 口ごもる俺に向かってニーレンとサンゲルも意見を口にする。


「戦士、盗賊、神官、魔法使い。これが最もバランスのいいパーティと呼ばれておるのは、役割がひとつも被っておらんからだの」

「冒険者がパーティを組むのは、それぞれ得意分野があるからなんだぜ。だけど、アーカンソー氏は全部ひとりでできるんだぜ」


 ……言われてみれば、そのとおりかもしれない。


 『はじまりの旅団』ではカルンと並んで前衛もこなしていたし、盗賊の代わりに罠対策をしていた。


 しかし、神官セイエレムと魔法使いシエリとは、役割が被っている。俺は賢者で、どちらのクラスの魔法も使えてしまうからだ。


 俺は自分なりにみんなを頼っているつもりだったのだが、彼らからすればいい迷惑だったのかもしれない。


「最善を尽くしてきたつもりだったが、それが間違いだったと……」


 ひとり先走って他のみんなをおざなりに扱っていたというわけか……。


「いやいや。間違いっつぅか、アーカンソーさんは別になんも悪くないだろ。周りについていけるだけの実力者がいないってだけなんだしな。そもそも単独ソロで事足りるんだから、パーティを組む必要なんてないんじゃねぇか?」

「いや、それは絶対に無理だ。俺はひとりでやっていける自信がない」


 イッチーたちからすれば俺は万能に見えるのかもしれないが、そんなことはない。


 要領も悪いし、杓子定規しゃくしじょうぎに考えがちだし、勘違いからやらかすことも多い。


 逆に言うと、俺にできるのは剣と魔法を駆使した冒険者稼業ぐらいなのだ。

 ちゃんとミスを指摘してくれる仲間がいないと心配で仕方ない。


「だいじょーぶ! ご主人さまには『ずのーは』で『ちせーは』のあちしがついてるからねー!」


 ウィスリー、心強いことを言ってくれる。


 大の大人が子供に慰められるというのは情けない話だが、今となっては本当に頼もしい。


「図らずも役割分担がきちんとできとるようだの」


「ウィスリー女史の成長が色んな意味で楽しみなんだぜ」


 ニーレンとサンゲルがからかうようにはやし立ててくる。


 イッチーがコホンと咳払いしてから、ニヤリと笑った。


「まあ、そんな深刻に考えなくて大丈夫なんじゃねぇか? 実力は間違いないんだし、パーティメンバーなんて手数多てあまただろうよ」

「はたしてそうだろうか……」


 俺が肩を落とした、まさにそのとき。


「聞きましたよっ! アーカンソー様、フリーになったんですってーっ!?」


 やたら黄色い声が酒場に響いた。

 昨日の喧嘩祭りに参戦した女性冒険者のひとりだ。

 確かイッチーの幼馴染でレダといったか。


「ほーれ、もう女狐が聞きつけてきやがった」


 イッチーが俺の肩を組んで耳元でコソコソとささやいてくる。


 ニーレンとサンゲルも顔を近づけてきた。


「気ぃ付けろよアーカンソーさん。あいつアンタとのベッドインを狙ってっからな」

「ベッドイン……?」

「ありゃ、ひょっとしてそっち系はさっぱりかの?」

「今度いい店紹介してやるんだぜ」

「そ、そうか。助かる」


 意味はわからないが、彼らなりに気遣ってくれているのは伝わってくる。


「ねぇねぇ、アーカンソー様ぁー!」


 突然レダがしなだれかかって腕を絡めてきた。

 大きな胸を押し付けながら耳元で囁いてくる。


「こんな野郎連中はさっさと見限って、あたしたちと冒険の旅に出かけましょうよー」

「フシャーッ! ご主人さまに近づくなーっ!」


 ウィスリーが猫のような威嚇をしながら、すぐさま俺とレダを強引に引き剥がした。


「あーらやだ、フリーになったって聞いてたのに。まだアーカンソー様にくっついてたのねメスガキちゃん。お子ちゃまは大人しくママのミルクでも飲んでなさいよねー!」

「なんだとこんにゃろーっ!」


 ああ、また女同士の痴話喧嘩が始まってしまった。


「いいぞぉ、やれやれやっちまえぇー!」

「他人の喧嘩を眺めながら飲む酒はなんでこんなに美味いんかの」

「オレはウィスリーちゃんに賭けるんだぜ!」

 

 三人組だけでなく、他の冒険者たちも喝采かっさいを送り始める。


 十三支部の冒険者たちが参戦して喧嘩祭りに発展するのは時間の問題だろう。


「フッ、今夜も夜のご奉仕とやらはお預けだな……」


 昨晩と同じような光景を眺めながら、アルコール度数の高い酒をあおる。

 不思議と落ち着いた気分に浸りながら、今日も騒がしい夜が更けていく。


 そう思っていたのだが。



「――聞き捨てならないお言葉ですね。年端もゆかぬ少女にいったい何をさせようというのですか?」



 そのりんとした声は、喧騒の中でも朗々ろうろうと響き渡った。


 喧嘩と酒に明け暮れていた冒険者たちが声のしたほう……つまり、を見る。


 ウィスリーとレダも髪の引っ張り合いを止めて、そちらに注目していた。


「えっ……?」


 ウィスリーが信じられないものを見たような目をしている。


 俺もアルコールでガンガンと痛む頭に顔をしかめながら、肩越しに振り返った。


「君は確か昼間の……」


 忘れるわけがない。

 公園で出会った竜人族のメイドだった。


「これは失礼。ご挨拶が遅れました」


 彼女は優雅にスカートの裾を広げて一礼した。


「私の名前はメルル・シルバース。暗黒魔導士様の魔の手から妹ウィスリーを連れ戻しに参りました」

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