二日目

第13話 鍛冶屋

 明朝。

 宿屋を出た俺とウィスリーは鍛冶屋に向かっている。


 冒険者は何をするにしても、まず武器と防具が必要だ。


 どっちも持っていないウィスリーのために、まずはいっしょに装備を見繕おうということになった。


「うう……ご主人さまより先に寝ちゃうなんて不覚」


 道すがらウィスリーが眠そうに目を擦っている。


 喧嘩祭りの後、ウィスリーは酒場で眠ってしまった。

 宿を取って部屋で寝かせて、俺に起こされるまでグッスリだ。


「そういうものなのか?」

「夜といえばメイドの『ごほーし』の時間なんだもん」

「ふむ。では、今晩は頼むとするよ」

「あい!」


 元気な返事だ。

 夜のご奉仕とやらで何をするつもりなのかは知らないが、まあママゴトみたいなものだろう。


「それにしても……さて、どうしたものか。剣闘士は防具といっても、あまり重いものはつけられないからな」


 ウィスリーに与えたクラスは剣闘士。

 スピードで翻弄しながら強力な攻撃を叩きこむことに特化したクラスだ。


 できれば安全を考えて、ちゃんとした防具を与えたかったのだが……。


「あちし頑丈だから『ぼーぐ』はいらない! でっかい剣がいい!」


「ううむ。本職のニーレンとサンゲルの意見も聞いてみたいところだったがな……」


 昨晩誘ったら、ニーレンは「ワシらは馬に蹴られとうないからの!」とついてきてくれなかった。

 サンゲルに至っては「大人の階段を登るんだぜ!」とサムズアップしてくる始末である。


 まるで意味がわからない。

 やはり俺には人の心がないようだ。


「むっ、『太陽炉心』の看板だ……ニーレンの言っていた鍛冶屋はここだな」

「たのもーう!」


 早速ウィスリーが勢いよくバーン! と店の扉を開けた。

 店主と思しき女性が「ヒィッ!?」と悲鳴をあげる。


「ウィスリー。そんなふうに開けたら扉が壊れるかもしれないし、店主を驚かせてしまうだろう」

「あっ、ごめんなさい!」

「謝るなら店主のほうにだ」

「店主さん、扉ごめんなさい!」

「ヒィッ! こちらこそ生きててすいません!!」


 頭を下げるウィスリーに、何故か店主までもがヘコヘコと謝っている。


「むっ」


 この人よく見ると……。

 でかい。何がとは言わないが、でかい。


 シエリや十三支部の女冒険者たちもなかなかだったが、この店主の戦闘力はかなりのものだ。

 その割に色黒で頭身が低く、ウィスリーとも大して背丈の違いがない。


「すまない。ひょっとして、あなたはドワーフか?」


「は、はい! ドワーフ鍛冶師のピケルといいます! 人間様が支配するエルメシアで鍛冶屋なんてやっててすいません!」

「いや、そんなことで謝らなくていい」

「あちしも竜人族だよー!」


 ウィスリーの声にビクッとするピケル。


「ウィスリー。もう少し小さい声で話してあげなさい」

「ごめんなさい、ピケルさん」


 ウィスリーがきちんと小声で謝った。


「いえいえいえいえ! こちらこそビビリですいません! そ、それで何の御用でしょうか? すいませんが、今月は利子だけで精いっぱいで……」


 ピケルがオドオドしながら、こちらの反応を伺うように上目遣いで確認してくる。


「いや、我々は借金取りではない」

「でーっかい剣を作ってほしいの」


 ウィスリーが小声で「こーんな」と両手を広げながら体全体で大きさを表現した。


「えっ、剣? ひょっとしてお客様だったんですか?」

「そうだ。予算もあるので、これでできるだけいいものを作ってもらいたいのだが」


 じゃらり、と金貨の入った袋を見せるとピケルが目を輝かせた。


「す、すごい! こんなに……」

「どうだ。行けそうか?」

「もちろんです! これだけいただけるなら、かなりいいものが作れます!」

「だ、そうだ。よかったな、ウィスリー」

「あい」


 ウィスリーが嬉しそうに小声で頷いた。

 しかし、直後にピケルの表情がくもる。


「でも、申し訳ないんですが……その、材料がなくって」

「何? ここは鍛冶屋なのだろう。鉄鉱石のひとつもないというのか?」

「全部取り立てで差し押さえられちゃいまして……」

「馬鹿な! それでどうやって鍛冶屋が金を稼げるというんだ! 借金だって返せなくなるではないか」

「どういうことなんでしょうね、えへへ……」


 頭を掻きながら引きつった笑みを浮かべるピケル。


 なんと言葉をかけるべきか迷っていると、ウィスリーがスッと前に進み出た。

 

「こんな状況でどうして笑ってられるの?」


 そしてピケルを励ますように目線を合わせてポン、と肩を叩いた。


「駄目だよ。つらかったら、ちゃんとつらいって顔しなきゃ」


 ウィスリーの優しい言葉に、ピケルはしばらく呆けていたが……。 


「そ、そうですよね。うっ、うううううっ……!」


 やがてせきを切ったように泣き出した。


「よしよし。しんどかったよね」


 ウィスリーがピケルの頭を優しく撫でる。


「ふむ……」


 出来の悪い頭なりに想像力を働かせてみる。


 ピケルが借金を返せなかったら、当然のように鍛冶屋『太陽炉心』は閉店となり、おそらくピケル自身も奴隷にされてしまうだろう。


 ウィスリーも目的の武器を手に入れることができず、ピケルも不幸のどん底に陥る……というわけだな。


「ご主人さま。借金取りに文句言いに行ってやろうよ」


 ウィスリーが小声で、しかし怒りをにじませてつぶやいた。


「うむ、実にいい考えだ。鉄鉱石も返してもらうとしよう」

「えっ、そんな!? お客様にそこまでしてもらうわけには! それに、それだけのお金があるなら他のお店に行ってもらったほうが武器だって早く手に入りますし、もっといい武器だって……!」


 慌てるピケルの言葉に俺は断固として首を横に振る。


「我々は仲間の勧めで、ここでオーダーメイドの武器を作ってもらうと決めていた。予定を変更するつもりはない。ウィスリーもやる気になっているし、主人として止める理由などあろうはずもない。それに何より――」


 俺はピケルの涙を指ですくい取った。


「女子を泣かせるなど言語道断だ。絶対に許せん」

「はう……」


 赤面したピケルに問いかける。


「……それで。借金取りはどこのどいつだ?」



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