その3
サリドラン候が主役の任命式は恙なく行われた。
それをサラサは特等席で見ていた。
まあ、それもその筈で、一応式典の主役の1人だったからだ。
サラサ自身はその自覚もなく、ただ淡々としていた。
任命書なるものを国王から受け取ると戸惑いではないが、何だかどうしていいのか分からない気持ちになっていた。
その前に受け取っていたサリドラン候はにんまりとしていたのと対照的だった。
そう言えば、書いていなかったような気がするのだが、ウサス帝国とスヴィア王国との戦いに援軍として送られるのは、第3軍管区を中心としたサリドラン候が率いる陸軍連合と、サラサが率いる第2艦隊だった。
要するに、陸軍の司令官がサリドラン候で、海軍の司令官がサラサという事だ。
そして、それらをまとめるのが、階級が上のサリドラン候となる筈だが、援軍なので、それぞれウサス帝国の指揮下に入る事になる。
無論、援軍としての参戦なので、一方的に命令を受けると言うよりは、援護を頼まれるという形式になる。
とまあ、式典が終わり、サラサはオーマに呼び出された。
王宮に来てからのサラサの態度を注意する為に、呼び出した事は容易に想像が出来た。
サラサがオーマの執務室に入ると、オーマは立って窓から外を眺めていた。
その傍らに、ヤーデンとヘンデリックがオーマを挟み込むように立っていて、サラサの方を向いていた。
サラサはその光景に明らかに戸惑っていた。
何だか、想像していた事と違う雰囲気を敏感に察知していた。
サラサの傍らにいるバンデリックはお説教に備えて直立不動になっていた。
いつでも準備万端と言った感じで、怒られ慣れていると言った感じだった。
「さて、サラサ……」
オーマは意外なほど静かに娘の名を呼んだ。
「はい!!」
サラサは思わず大声で反応してしまった。
入ってきた以上に、予想に反した雰囲気が醸造されている気分になっていたせいかもしれない。
「ん???」
オーマはオーマで、予想に反した娘の反応に驚きながら、サラサの方を向き直った。
見ると、サラサもバンデリックと同様に直立不動になっていた。
「どうしたのだ?」
オーマは明らかに戸惑っていた。
「えっ、ええっと……」
サラサはサラサで、何故こんな事になっているのか、自分で分からないでいるようだった。
「まあ、よい……」
とオーマは少し苦笑した後、
「ところで、サラサ、今回の出撃をどう思う?」
とあくまでも静かな口調で、語り掛けるようだった。
「どうと言われましても……」
サラサは直立不動を解いたものの、明らかに戸惑いの表情を浮かべていた。
「唐突すぎる質問だったかも知れないが、思った事を述べていい」
オーマの口調は相変わらず静かなままだった。
ここで、サラサは説教の為に呼び出された訳ではないことを悟った。
キーン!!!
と同時に、場が張り詰めてきていることを察していた。
オーマが静かな口調で語り掛けている事とは裏腹に、いや、それだから、余計にそう感じてしまっていた。
「特に大きな問題はないと思いますが……」
サラサは緊張しながらも、今思っていることをありのままを口にした。
と言ったものの、自分はとんでもない事を口走っているのではないかと言う恐怖めいたものを感じざるを得なかった。
「うむ」
オーマはサラサの言葉に頷いてはいたが、明らかに失望したような困ったような複雑な表情を浮かべていた。
「ち……、閣下、何か、気になることがございましたか?」
サラサは終始思わぬ反応を見せるオーマに対して、戸惑いながらも単刀直入に聞いてみる事にした。
しかし、オーマはサラサの質問にはすぐに答えようとせずに、
「サラサ、今回の戦いをどう思う?」
と一見すると同じ質問をしてきた。
「……」
サラサは言い方を変えただけの質問かと思ったが、ちょっと考えてみた。
考えているサラサをオーマはジッと見ていた。
「毎年行われている戦いに過ぎないのではないですか?」
サラサは更に質問を重ねるしかなかった。
「やはり、そう言う認識なのだな」
オーマは少し深刻そうにそう言った。
深刻そうな父親の表情を見て、サラサはハッとした。
(スワン島沖海戦の前日と同じ雰囲気だ!)
サラサは脳裏に、開戦の前日に父親がわざわざ訪ねてきたことを思い出していた。
と同時に、これまでの緊張した嫌な雰囲気に納得した。
「閣下は、今回の戦いに、波乱が起きると思っていらっしゃるのですか?」
サラサはまた質問した。
脳裏には忌々しい記憶が蘇っていた。
寡兵のエリオ艦隊がルドリフ艦隊を散々打ち破ったあの光景だった。
「それはどうか、分からん……」
懸念を持ち始めた娘に対して、父親は完全に肩透かしを食らわせた。
「ええっ???」
娘は娘でそれをまともに食らった格好になり、唖然としていた。
「とは言え、戦いは何が起こるか分からない。
気を引き締めて、油断ないようにしなくてはならない」
オーマは神妙な面持ちでそう言った。
「了解しました」
サラサはありきたりな事を言われたに過ぎなかったが、素直にその通りだと思った。
「ま、後は無理をしない事と、功を焦らない事だな。
尤も、そんなアドバイスはお前には必要ないかも知れないが」
オーマは父親の表情になっていた。
まあ、自慢の娘なのだから最後はこうなるのかも知れない。
「いえ、お心遣い、有り難いと思います」
サラサも父親の気持ちが分かったのか、笑顔でそう答えた。
「以上、要件は終わりだ。
下がって良いぞ」
オーマは再び神妙な面持ちに変わった。
「了解しました。
失礼させて頂きます」
サラサはそう言うと敬礼をした。
そして、オーマの返礼後、サラサとバンデリックは退出していった。
これだけのやり取りだと、サラサは何の為に呼び出されたのか、疑問を持つ所だろう。
だが、呼び出された事により、サラサは注意を喚起された。
そして、素直に今回の出撃に対して、よくよく考える切っ掛けとなったのは間違いが無かった。
「よろしいのですか?閣下。
もう少しアドバイスしたかったのではないのですか?」
ジッと黙って2人のやり取りを聞いていたヤーデンがそう聞いてきた。
「うーん、そうなのだが、まあ、あれにいらない情報を与えるのもどうかと思ってな」
オーマは後悔しているような、これで良かったような、複雑な表情をしていた。
「閣下……」
ヤーデンは苦笑する他ないようだった。
名将と誉れ高いオーマでも、娘の事になると気が気でないようだ。
そして、その対応にも苦慮しているようだった。
「まあ、何だ、今回の事はサラサが試されているというより、私が試されているといった感じだな」
オーマはヤーデンに釣られるように、苦笑していた。
「しかし、本当によろしかったのですか?
如何に陛下からのご命令とは言え、サラサ様を派遣なさって?」
ヤーデンは決まった事なので、仕方がないとは思ってはいたが、質問してみた。
「……」
オーマはちょっと渋い表情で黙ってしまった。
「それに、帝国側もサラサ様をすんなり受け入れてくれるとは思えないのですが……」
ヤーデンは続けざまに、懸念事項を言った。
「まあ、その辺の所を含めて、私が試されているという事だよ」
オーマは既に心を決めていたので、自分の決心を述べた。
「了解しました」
ヤーデンはそれ以上は何も言う事はなかった。
サラサ艦隊は大なり小なりの戦いに巻き込まれる事は必然だった。
オーマは常に戦いの中にいたが、今回は後方でそれを見守る他なかった。
オーマにとっては、それこそ自分が試される事だと感じていた。
(戦力は2個艦隊に増強できた。
ただ、それはサラサにとっていい事なのだろうか?)
オーマは、戦力が増強した事による効果を心配せずにはいられなかった。
ただの娘思いの父親だった。
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