その13

「底意地の悪い采配をするのね」

 サラサは混乱が広がるハイゼル艦隊を眺めながらそう言った。


 バンデリックはこの言葉をハイゼル艦隊に向けられたと思っていた。


 サラサはこれまでの戦いの流れを完全に把握していた。


 そして、自分の艦隊が南下もしくは参戦できない時点で、結末が見えていた。


 また、エリオは明らかにサラサ艦隊の参戦を計算に入れていなかったのは明白だった。


 まあ、まだ結末を迎えた訳ではないのだが……。


(自分だって、大概ですよ……)

 バンデリックはそう思ったが、口には出さなかった。


 そして、心を読まれないようにそっぽを向いていた。


「何か言いたいことがあるの?バンデリック」

 サラサは妙に優しい口調でそう言った。


 どっきん!!


 バンデリックは心臓が止まりそうな思いをしていた。


 そして、体が硬直していた。


(は、早く何か言わないと……)

 バンデリックはそう思いながら、ぎこちなくサラサの方を向いた。


 飛びっきりの笑顔だった。


 怖すぎる……。


「か、閣下はこのようになる事を予想していたのですか?」

 バンデリックはどもりながらそう聞いてみた。


 怖くて目が合わせられなかった。


「まあ、完全に予想の範囲内という訳ではないけどね」

 サラサはいつもの調子に戻っていた。


 サラサはあまり引きずるようなタイプではない。


「はぁ……」

 バンデリックは安堵のような感心したかのような微妙な答えになってしまった。


「まあ、ムカつく所は、あたし達が参戦しない事を完全に見越していた所よね。

 本当に性格が悪い!」

 サラサはムカついているのだが、どこか苦笑していた。


 ある意味、当然の事で、納得しているからだろう。


(ああ、そういう事ですか……)

 バンデリックはこの時、初めて、意地の悪い采配はハイゼル艦隊だけに向けられた訳ではないことを悟った。


「でも、最も予想外だったのは、ハイゼル候があいつに執着している事かな」

 サラサは、バンデリックの納得感を放っておいて、ちょっと饒舌に言葉を続けた。


 でも、まあ、理解できないと言った表情をしていた。


(『あいつ』ですか……)

 バンデリックはそこに食い付いた。


「第3次アラリオン海海戦の候とあいつの経緯はよく分からないけど、その執着心を明らかに利用されているものね」

 サラサは、バンデリックの反応を再び気に留めずに、更に話し続けた。


「利用されているとは?」

 バンデリックは話を促すように言った。


「あいつは明らかにハイゼル候がやってくると踏んでいたのよ。

 そこで、クラー部隊を足止め、誘導し、ハイゼル候が来た所で、一気に混乱が広がるように仕向けたのよ。

 忌々しいったらありゃしない!」

 サラサは解説をしながら、最後には怒っていた。


「成る程……」

 バンデリックは感心した。


 その感心はサラサがエリオの行動の裏を読み切った事と、エリオの見事な采配の両方に対してだった。


 と同時に、この2人に対して、空恐ろしさを感じた。


(この2人が戦ったら、どうなってしまうのだろうか……)

 バンデリックは2人の才能に驚愕していただけではなく、敵同士である事を強く認識していた。


 そして、それはサラサの身に危険が及ぶ事を示唆していた。


 考えるだけでも恐ろしいものだった。


「また、何か変な事を考えているんじゃないでしょうね」

 サラサはバンデリックの瞳の奥を覗き込むように言った。


 考えている事はダダ漏れのようだった。


「閣下、この後どうなさるのですか?」

 バンデリックは何事もなかったように、急いで話題を変えて誤魔化した。


「そうね、この有様だからね」

 サラサは、バンデリックの誤魔化しを不問にした。


 そして、バンデリックに、目の前の光景を見るように促した。


 誤魔化しを不問にしたのは、自分を気遣っての事だと気が付いたからだろう。


 まあ、それはともかくとして、バンデリックは目の前の光景を確認した。


 ハイゼル艦隊の艦列は完全に伸び切っていた。


 もう見る影もなかった。


 アリーフ艦隊への包囲網も完全に崩壊していた。


 その証拠に、アリーフ艦隊は満身創痍ながら戦場からの離脱を試みていた。


 戦いはエリオの意図したとおりに進んでいた。


「見事すぎますね、寡兵で戦局を逆転するなんて……」

 バンデリックは目の前の光景からそう言う他なかった。


「逆転はしていないわよ。

 あいつだって、ここからハイゼル艦隊を殲滅できるとは露にも思っていないでしょうに」

 サラサはいつにない冷静な口調でそう言った。


 先程、あまり引きずるようなタイプではないと言ったが、対象によってはそうではないらしい。


 意地でも、アイツ呼ばわりで、クライセン公やエリオとは呼ばないようだ。


「はぁ……」

 バンデリックは驚きのあまり、サラサをまじまじと見つめる他なかった。


 これまでもサラサの傍にいると本当に驚きの連続だった。


 だが、そのサラサと同等の能力を持つ人間がいるとは思わなかった。


 それだけにエリオの存在は、やはり恐怖という感情がピッタリだった。


「お父様の言ったとおりの人間ね……」

 サラサはぼそっとそう言った。


 その表情はバンデリックの考えとは裏腹なものだった。


 ぞくっ……。


 バンデリックはサラサに戦慄を覚えていた。


 たまにそう感じるのだが、今回のは飛びっきりだった。


 何故なら、バンデリックが感じた感情とはほぼ真逆な物をサラサが感じていると悟ったからだった。


 ……。


 しばらく、沈黙が続き、余韻が漂っていたが、バンデリックはハッとして我に返った。


「閣下、これから如何しますか?」

 バンデリックは副官としての務めに戻っていた。


「如何も何も、この海戦はもう終わりよ。

 あいつはこのまま逃げるだろうし、ハイゼル候はそれを捕まえる事は出来ないでしょうしね」

 サラサはもう興味をなくしているような口振りだった。


「はぁ……」

 バンデリックは、サラサのあまりの変わりっぷりについて行けないようだった。


「何しているのよ、撤収の準備をしなさいと言っているのよ」

 サラサは察しの悪いバンデリックに対して、呆れていた。


 まあ、この場合、誰でも察しが悪くなるような気がするが……。


「閣下、ハイゼル候から参戦要請があるやも知れません」

 バンデリックは一応注意を喚起してみた。


「それは有り得ないわよ。

 今更参戦要請をされても、こちらはやれる事はないしね。

 第一、そんな事をしたら、ただの笑い者よ」

 サラサはこの戦いに完全に興味をなくしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る