その12

 ぴきーん!!


 エリオ艦隊全体には緊張感が漲っていた。


 包囲されている味方艦隊の救出の為に囮役をこなしているからだ。


 しかも、位置的にも艦数的にも明らかに不利だった。


 数は向こうが多いし、しかも挟撃の危機にあった。


 その焦りか、緊張感か分からないが、エリオ艦隊の反応速度が上がっていた。


 いい傾向なのだが、その場に立たされている水兵達には堪ったものではない。


「よし、敵の7番艦付近に砲撃!

 取り舵!」

 エリオはそんな状況下に関わらず、いつも通り命令を下していた。


 艦隊の進路はいつの間にか変わっていた。


 ドッカン!!

 ばしゃーん!!


 砲弾は敵艦付近に落ちるものの、打撃を与えるという所までは行かなかった。


 それもその筈、当てるより、敵の接近を阻止するのに手一杯と言った感じだった。


 このままではジリ貧だ。


 ただ、今の所、向こうからの砲撃も全く有効的ではなかったのは幸いだった。


 エリオ艦隊は、敵中と言うより、敵間と言うべきか、敵本隊と別動艦隊の間をうろついていた。


 はっきり言って、追い込まれていた。


 しかも、時間が経つ事に、状況は確実に悪くなっていた。


 じりじり……。


 艦隊全体に更に緊張感が増したが、艦隊運用には全く影響はなかった。


 と言うより、緊張感が増す毎に、命令に対する反応速度が更に上がっていった。


 この辺が不思議な所である。


 追い込まれれば、追い込まれるほど、その能力が研ぎ澄まされる場合がある。


 それは極少数な希有な場合なのだが、今はそれが当てはまっていた。


 だから、数々の戦いでクライセン一族が生き残って来れたのだろう。


 ……。


 ここで、意外な沈黙の時が流れた。


 エリオは先程まで事細かに砲撃命令を出していたのだが、ここに来て黙ってしまった。


 その隙にクラー部隊が接近する。


 それだけではなく、ハイゼル艦隊本隊も急接近しつつあった。


 ハイゼル艦隊にしてみれば、いい具合にエリオ艦隊を半包囲しつつあった。


 - 艦隊配置 -

  SR

    

     AHRH

     RHRH

    RH  K

    RH EC


 EC:エリオ艦隊、AH:アリーフ艦隊

 SR:サラサ艦隊、RH:ルドリフ艦隊、K:クラー部隊

 ---


 おいおい!!


 水兵達は怒りの声を上げたかったが、グッと堪えていた。


 上げたら、負けだからである。


 まあ、それは冗談としても、エリオの指揮能力に対しては全く疑ってなかったので、じっと待っていた。


 疑ってはいなくても、苛つかない訳ではなかった。


 どう見ても、状況的には、追い込まれていたからだ。


 そして、こんな状況にも拘わらず、マイルスターもシャルスもエリオ同様、沈黙を守っていた。


 こちらはこちらで、エリオの意図を察していたからだった。


 リ・リラは妙な雰囲気を察していたが、こちらも何も言わなかった。


 ライバルへの絶対的な信頼の表れだろうか?


「敵別動艦隊、有効射程に入りました」

 シャルスが沈黙の中、静かに報告した。


「よし、7番艦に砲火を集中。

 吹き飛ばせ!!」

 エリオは報告と同時に命令を下した。


 ドッカン!!


 砲撃は命令の瞬間に行われた。


 待ちに待っていたのだろう。


 そして、砲弾は狙い通りの場所に殺到した。


 バキバキ、どーん!!


 殺到した砲弾は敵艦を吹き飛ばした。


 砲撃の効果はそれだけではなかった。


 それまで全く当たらなかった砲撃が直撃した事で、クラー部隊に大混乱をもたらした。


 数多く外れていたお陰で、エリオ艦隊からの砲撃を避けられていたと勘違いした為だった。


 そして、その混乱は急接近してきていた本隊へも波及していった。


 絶妙なタイミングでの砲撃だった。


「上手く行きましたね」

 マイルスターはいつもの柔やかな口調で言っていたが、含み笑いと共に呆れている感もあった。


 これまでの砲撃はクラー部隊を誘導するものであり、撃沈する事により、混乱をもたらす事を狙っていた。


 よし……。


 敵艦隊に混乱をもたらした事により、エリオ艦隊の雰囲気が一気に晴れやかになった。


 状況や雰囲気がめまぐるしく変わる中、リ・リラは何と言っていいか分からない感情に襲われていた。


 口に出せば、それが説明できるのかも知れないが、それも何か違うと言った感じだったので、黙っていた。


 リ・リラが初めて乗艦した時には、エリオは水兵達に舐められているような気がしていた。


 だが、それはすぐに違うという事が分かった。


 ただ、エリオだから仕方がないと言った感じの雰囲気がある事はどうも否定しようがなかった。


 しかし、この一連の戦いの中、敬愛されている事だけは感じられた。


 とは言え、それだけではない事も分かった。


 やはり、微妙な関係である。


「全艦、そのまま取り舵一杯!

 進路変更東へ」

 エリオは、リ・リラのそんな思いを他所に、次の段階への命令を下していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る