その4
(何でこんなに気分になっているのよ!!)
サラサは艦首に立って、海を見ながら、自分に怒っていた。
リ・リラの立太子の礼の前日の朝の事である。
気になっているのはエリオの事だった。
第一印象が最悪そのものだったので、恋という訳ではなかった。
多分、サラサの初恋はまだなのだが……。
恋愛に関しては、エリオと同等みたいだ。
残念すぎる……。
まあ、それは置いといて、ここまで気になる人物は父親のオーマだけだった。
ファザコンが入っている感じだが、これは致し方ない面もあった。
サラサもエリオ同様に、母親を幼い時に亡くしていた。
だが、エリオと違って、後ろ盾になってくれる女王のような存在がなかった。
その為、父一人、娘一人と言った感じで、固く深い親子関係を築いていた。
まあ、世襲制で艦隊を受け継いでいくのだから、こうした良好な親子関係は欠くべからざるものである。
また、父親が優秀な艦隊指揮官であり、憧れの存在だった。
それに近付こうとして、日々、研究しているサラサだった。
色々と思案している最中に、バンデリックがサラサに駆け寄ってきた。
「お嬢……」
性懲りもなくそう声を掛けようとしたバンデリックだが、サラサの一睨みでその後の言葉を続けられずに、立ち竦んだ。
エリオの件もあり、サラサの機嫌は最悪どころではなかった。
(ただでは済まない……)
バンデリックはそう思うと、サラサから距離を取っていた。
端的に言えば、身の危険を感じていたのだった。
「ちぇっ……」
押し黙って、こちらを警戒しているバンデリックに対して、サラサは舌打ちした。
ぶる……。
バンデリックは震え上がった。
だが、それ以上に、このまま黙っている事は不味いと思った。
そう、想像が及ばないほど、酷い事になると感じた。
「閣下、ルディラン侯爵閣下が単艦で間もなく到着するそうです」
バンデリックは意を決してそう告げた。
とは言え、この報告自体で危害を加えられるものではなかった。
だが、緊張していて、サラサの出方を慎重に伺っていた。
「えっ……」
思わぬ父親の来援にサラサは驚くと言うより、ちょっと嬉しかった。
表情が和らいだので、バンデリックはホッとした。
大きな溜息をつきたかったが、身の安全の為に、それはできなかった。
……。
サラサから何も答えらしきものが返ってこなかったので、自然と沈黙の時が流れた。
やはり、サラサの出方を慎重に見極めなくてはならなかった。
そして、沈黙が続く中、サラサは和らいだ表情から考え込む表情に変わった。
バンデリックは再び警戒し始めた。
「って、ことはあたしを信用していないの?」
サラサはそう結論付けると、不満そうな表情に変わった。
コロコロ変わる表情は愛らしいのだが、その分、バンデリックとっては恐怖を感じざるを得なかった。
そう、ここで答え方を間違えると、酷い目に遭うぞという恐怖だった。
「そ、そんな事はないと思います……」
バンデリックは慌ててサラサのフォローに入った。
だが、見え透いたフォローはサラサに睨まれるだけだった。
ぶる……。
「ええっと、どうも、クライセン総旗艦艦隊が現れたという報を受けて、慌てて出撃してきたようです」
バンデリックは更に慌てて付け加えた。
そう、一番慌てているのは他ならぬバンデリックだった。
「また、あいつなの!!」
サラサは叫んでいた。
それを聞いたバンデリックは安心した。
何に対して、苛ついているか分かったからだ。
これで、自分には危害が及ばないと……。
とは言え、サラサは端っから、バンデリックをしばく気は全くなかった。
禁句さえ、謂わなければの話であるが……。
「侯爵閣下は3年前にクライセン公と戦っていますから、気になる事があるのでしょう」
バンデリックは副官の業務に完全に復帰していた。
「それって、第3次アラリオン海海戦の事よね?」
サラサはまだ不機嫌だった。
「はい、仰るとおりだと思いますが……」
バンデリックはサラサが何を聞きたいのか分からなかったので、そう言っただけだった。
「その海戦で、あいつが活躍したってのは本当なの?」
サラサはまた不機嫌になってきた。
名前を呼びたくないくらいエリオの事を意識していた。
それを自覚できている自分が腹立たしく感じていた。
また、当人を見た印象と海戦での戦況報告が合致しがたいものがあったので、苛ついていた。
(しかも、あの海戦は所々納得できない場面が出てくる。
アイツの指揮能力そのものに疑いが出てくるような場面も何度もある……)
サラサは戦況報告を思い出しながら、考え込まざるを得なかった。
(珍しくライバル心を燃やしているな……)
バンデリックはバンデリックで意外に感じていた。
サラサは喜怒哀楽ははっきりしているものの、根本的な性格は非常に冷静で客観的に物事を判断するものだった。
それ故に、艦隊指揮官に向いていた。
だが、エリオの人物像に対してはどうにも上手く消化できていないようだった。
それに加えて、エリオは敵を苛立たせる達人である。
あ、味方も含まれる事はここでは触れないでおこう……。
「侯爵閣下からお聞きになっているかと思いますが、事実だそうです」
バンデリックがこう言ったのは、バンデリックもまた、その海戦に参加していないからだった。
「うーん、まあ、そうなんだろうけど……」
予想していた答えが返ってきたとは言え、サラサのモヤモヤ感は溢れんばかりだといった感じだった。
自分でもこんな事は初めてだという認識があった。
(イメージの摺り合わせができないというか……、何と言うかなのよね……)
サラサの頭の中は珍しくキャパオーバーと言った感じになっていた。
「あー!!」
サラサは思わず声を上げていた。
バンデリックは驚きながらもそれを見守っていた。
「やっぱり、もう一度、父上からきちんと話を聞く事にする」
サラサは感情が揺れながらもそう結論を出した。
そして、艦隊司令官としての表情へと戻っていった。
「ちゃんと聞いた上で、判断しないと、間違うかも知れないしね」
サラサは自分に言い聞かせるように続けた。
(こういう所は、流石だな)
バンデリックはサラサの言動に感心した。
(しっかし、絶対に違うわよね……)
サラサはそう思っていたが、この考えは単なる自分の願いである事も自覚しているのかも知れなかった。
まあ、要するに、妙な感情が入り交じっているといった感じだろう。
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