その6
王都にある自邸に戻ったホルディム伯は、嫡子であるアリーフ子爵を自室に呼び出していた。
待っている間、イライラしながら自室を行ったり来たりしていた。
「アリーフ子爵閣下、ご到着なさいました」
部屋の外から呼び掛けがあった。
「早く入れ!」
ホルディム伯は間髪入れずにそう言った。
すると、すぐにドアが開けられた。
「失礼致します、父上」
部屋の前に立っていたアリーフ子爵は恭しく一礼した。
こうして見比べると、父親とは違ってイケメンだった。
伯爵は少々割腹がよくなりつつあったので、余計そう見えるのかも知れなかった。
「……」
ホルディム伯は無言のまま、顎でさっさと入るように指示を出した。
かなり苛立っているようだった。
「……」
アリーフ子爵は無言のまま、すぐに部屋に入った。
すると、すぐにドアが閉められ部屋は2人きりになった。
子爵の表情は困惑していた。
御前会議の後はいつもご機嫌で、意気揚々とホルディム伯爵家の本拠地であるアリーフに戻っていた。
だが、今日ばかりは明らかに様子が違っていた。
結果を聞かずとも、御前会議で何か不味い事が生じたのは明らかだった。
「サイオよ、あの小僧に一杯食わされたぞ!」
ホルディム伯は開口一番、怒りの声を上げた。
「あの小僧」とはエリオの事であり、人からよく小僧呼ばわりされるようだった。
本人はいたって普通に生きているつもりなのだが、何故だかその方面から馬鹿にされてしまう人物とは結構いるものである。
とは言え、今回、エリオは何もしていないので、評価を下げようとする行為は過大評価なので、おかしな点である。
「父上、落ち付いて下さい」
アリーフ子爵は爽やかなイケメン笑顔でそう言った。
イケメンは笑顔が似合うのだが、彼の場合、心の底から相手を慮っている雰囲気が醸し出されていた。
「そうだな……」
ホルディム伯は子爵の雰囲気に釣られて、冷静になろうと努めた。
「父上、何があったのでしょうか?」
アリーフ子爵は穏やかに聞いてきた。
「あの小僧の策略で、今回、総旗艦艦隊とお前の艦隊が殿下に同行する事になった」
ホルディム伯は忌々しそうにそう言った。
再び冷静さを欠いている様子だった。
「はぁ……」
アリーフ子爵は何とも言い難い表情になっていた。
子爵自身、父親の策略が上手く行くとは思えず、当然の結果だと感じたからだった。
息子がそう思うくらい今回の伯爵の策略は無理筋なものだった。
「油断ならない、小僧めが!」
ホルディム伯はやはり冷静さが保てない様子だった。
とは言え、エリオが本当に策謀家だったら、彼自身、あんなに荒んでいないような気がするのだが……。
「しかし、父上、公爵閣下が同行なさるのなら、殿下もご安心なさるのでは?」
アリーフ子爵は穏やかにそう言った。
だが、これはこの場合、最も言ってはいけない言葉である。
この辺のところから、子爵の人柄の良さを感じ取ってしまう。
常に人を慮ってしまう所が子爵にはあった。
それがいい方向に向くのか、悪い方向に向くのか、現時点では判断しかねる点である。
それにしても、似ても似つかない親子である。
サリオとエリオもそうだったが、この親子はちょっと違うかも知れない。
何か、根本的な根っ子の所で、似ていない気がする。
「サイオよ、ホルディム伯爵家の悲願を忘れてはないだろうな……」
ホルディム伯は珍しく可愛い息子を睨み付けた。
「……」
アリーフ子爵は思わず口を噤んだ。
「ホルディム伯爵家はクライセン公爵家に取って代わる為に、設立された家だ!」
ホルディム伯は公言できないような事を断言した。
正確には、当時、強すぎるクライセン公爵家の力を削ぐ為に、先々代の王ル・デンが分家としてホルディム伯爵家を認めた。
だが、それ以上の事を望んでいるかどうかは今となっては分からない事である。
ただ一つ言えることは、現女王はそれを良しとはしていなかった。
でも、まあ、ホルディム伯爵家に生まれてきた者にとって、ル・デン王のお声掛かりだったので、そう勘違いしても、おかしくはないのかも知れない。
「分かっています……」
アリーフ子爵はイケメン笑顔で誤魔化した。
「だったら、殿下をものにして、目にもの見せてやれ!
これほどのチャンスはなかろう!」
ホルディム伯はあまり上品な物言いをしてはいなかった。
得てして、権力欲に囚われた人物はこうなるのだろう。
「はぁ……」
アリーフ子爵は最早イケメン笑顔で誤魔化せないレベルになっていた。
「今、お前と殿下の仲は良好だ。
今回の式典で、何らかの成果を上げれば、絶対にものに出来る」
ホルディム伯は確信を持ってそう言った。
「……」
アリーフ子爵は沈黙する他、手がなくなった。
(確かに殿下は私に好意的に接してくれている。
だけど、それは良き臣下に対するものであって、未来の夫に対するものではない)
アリーフ子爵は沈黙しながらそう考えていた。
とは言え、これは別に残念がっていたり、卑下している訳ではなかった。
ただ、冷静に分析しているだけに過ぎなかった。
「分かっているな、成果を上げるのだぞ!」
沈黙している息子にホルディム伯は念を押すようにそう言った。
「畏まりました、父上」
アリーフ子爵は自分の意思に反して同意せざるを得なかった。
この辺は子爵自身の人柄から来るものだろう。
「うむ、期待しているぞ」
ホルディム伯は満足そうな笑みを浮かべた。
これで、もう問題は全て解決したと言った感じだった。
「……」
アリーフ子爵はその反対に呆然と立ち尽くしていた。
「何をしている、すぐに行動に移せ!」
ホルディム伯は息子に発破を掛けるように言った。
「では、父上、失礼します」
アリーフ子爵は無理矢理そう言うと、一礼をして踵を返した。
それをホルディム伯は満足そうに見送った。
(殿下の相手はどう考えても自分ではないよな……)
自室に引き上げる為に歩いている廊下でアリーフ子爵はそう考えていた。
そして、エリオの顔が浮かび上がると、その後に、3年前に婚約を破棄した相手の顔が思い浮かんでいた。
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