その4
ツカツカ……。
3人に小気味よい足音で近付いてくる人物が2人いた。
その2人をエリオ達は向き直って出迎えた。
2人は女の子だった。
女の子と言っても、2人とも小さな女の子という訳ではなく、年齢はエリオと近かった。
2人は並んでいる訳ではなく、1人は一歩下がってお淑やかそうに歩いているのに対して、もう1人は堂々とした感じの歩きっぷりだった。
そして、兎に角オーラが凄い。
一度見たら、絶対に忘れられないと言った感じだった。
豊かな金髪が確かに印象的なのだが、それ以上にキラキラしている瞳がそれ以上に印象的だった。
彼女の名前はリ・リラ。
リーラン王国の王孫女であり、エリオとは又従妹の関係にあった。
16歳になったばかりだった。
その後ろにいるのが、侍女のリーメイ。
リーメイはリ・リラの乳姉妹でもあった。
なお、シャルスとは従兄妹の関係になる。
リーメイはエリオ達3人の手前で、お淑やかに一歩下がる感じで立ち止まった。
だが、リ・リラはエリオに突進するように、歩みを止めなかった。
それに対して、エリオは思わず怯んで、一歩下がってしまった。
エリオは普段物怖じという言葉から縁遠い感じなのだが、リ・リラに対しては勝手が違っていた。
どちらかと言うと、エリオは、シャルスとは違う別の意味での空気読めない系である。
え、まあ、有り体に言ってしまえば「間抜け」と言う事は、ここでは言わないでおこう。
「もう、エリオ、貴方はこんな格好をして!!」
リ・リラはエリオの寝癖の髪の毛を両手でぐしゃぐしゃとした。
まあ、怒っているのだろう。
だが、傍目から見ると、じゃれているとしか見えなかった。
リ・リラの手が触れると同時に、甘い香りがエリオの鼻腔に入ってくるような気がした。
エリオはちょっと居たたまれない気分になり、目を逸らそうとした。
だが、リ・リラの両手が意外とがっしりと頭を掴んでいて、それを許さなかった。
嫌でもリ・リラの豊かな胸元が視界のど真ん中に入っていた。
(勘弁して欲しい……)
エリオの居たたまれなさは限界に達しようとしていた。
「寝癖のまま、出歩かないの!
ちゃんとしなさい!」
リ・リラは文句を言いながら、エリオの髪を容赦なく、ぐしゃぐしゃにしていた。
(殿下、それでは益々ぐしゃぐしゃになってしまいます……)
エリオはそう抗議したかったが、口には出さなかった。
この後の反撃が恐ろしいからだ。
エリオの態度から察したと思うが、エリオはリ・リラが苦手だった。
まあ、苦手という感情表現は、正確ではなく、そして、全く正しくはない。
だが、お子様なエリオにはそう感じていた。
同じ時期に、エリオは母を、リ・リラは両親を亡くしていたので、女王ラ・ライレは、2人を手元に置いて一緒に育てた。
幼少の頃は、仲の良い兄妹のようだった。
だが、活発さが、次第に、リ・リラの方が優位に立つようになった。
何の優位か分からないが、力関係から言うと、兄妹と言うより姉弟みたいになっていた。
快活な姉を持っている方なら言われなくても分かると思うが、正にその関係だった。
そんな感じなので、エリオはリ・リラによく苛められるようになったと言う感覚を持つようになった。
まあ、苛められるという表現もどうかと思う。
いじられる?だろうか?
少なくとも、構われる事だけは確かだった。
なので、苦手と思うのは、結構複雑な感情から来るものだった。
「さてと……」
リ・リラはぐしゃぐしゃすることに満足したのか、突然手を放した。
エリオの頭は酷い事になっていた。
ぐぐぅ、ふぅ……。
だが、エリオは困った顔をしながらも抗議も出来ないでいた。
そんな様子を見ていたマイルスターが笑いを堪えていた。
いつも言い負かされている相手が何も言えない事に対しての可笑しさから来るものだった。
シャルスとリーメイは一歩下がった感じで、並んで暖かく見守っていた。
「アリーフ艦隊はちゃんと付いて来ているようね」
リ・リラは視線をエリオの後ろに移しながらそう言った。
アリーフ艦隊は、アリーフ子爵サイオが指揮しており、ホルディム伯爵家の嫡子で、副司令官代理を務めている。
「はい……」
エリオに複雑な感情が渦巻きだしていた。
エリオ艦隊の艦数は5、対して、アリーフ艦隊は20。
数の上では同行するのは当然であった。
また、王都駐留艦隊をクライセン公爵家が全て担えていない状況から言っても、この状況は必然だった。
ある意味、エリオ自身が招いた事とも言える。
現在のエリオの感情に、上乗せされていた事は言うまでもなかった。
「そう、それは良い事ね」
リ・リラはそう言うと、微笑んだ。
「???」
エリオは何に対して微笑んだか、知りたかったが、その勇気が無かった。
リ・リラとアリーフ子爵の仲の良さは最近の宮廷内でも評判だったからだ。
アリーフ子爵はホルディム伯爵家の嫡子だったが、イケメンで性格は温厚、エリオより6歳ほど年長だった。
剣技、舞踊などに優れ、行政能力も評価されていた。
その上、礼節を重んじ、忠誠心に厚かった。
正に頼りがいがあると言っていい人物だった。
頼りがいがあるとは言い切れないエリオとは……、まあ、この辺で止めておこう。
ただ、第3次アラリオン海海戦後、発表予定だった婚約を取り止めるなど、政治的な動きを強めているのが気になる人物だった。
まあ、これは子爵本人の意思と言うより、ホルディム伯の意向が強かったのだが……。
そんな人物なので、エリオ自身にとってはあまり好ましい人物ではない筈だった。
しかしながら、エリオ自身はこの子爵の人柄を見て、それほど毛嫌いはしていなかった。
だが、しかし、それ以上に、というか、それ以外にと言うか、まあ、とにかく、子爵自身には複雑な感情は持っていた。
それが何に起因するかはエリオ自身にまだ自覚がなかった。
「うーん……」
リ・リラはそんなエリオを尻目に、両手を一杯に空に向かって伸ばして、固まった体を伸ばしていた。
とても晴れ晴れとしていて、気持ちよさそうだった。
「……」
エリオの方は何故か益々落ち込んでいった。
「さてと……」
リ・リラは侍女のリーメイの方を見た。
「……」
リーメイは黙って頷いた。
すると、リ・リラは踵を返して、部屋に戻ろうとしていた。
エリオはそれを見て、ちょっとホッとしていた。
台風一過のような感じだった。
「あ、エリオ、わたくしの立太子の礼にはきちんと間に合うのよね?」
リ・リラは何かを思い出したように、不意にエリオの方に向き直って立ち止まった。
豊かな金髪がふわっと揺れ、とても綺麗だった。
彼女の言う立太子の礼とは、スワン教の本部があるスワン島で行われる。
文字通り、リ・リラがリーラン王国の嫡子を宣言する儀式である。
西大陸地域では、国王・皇帝の後継者を宣言する立太子の礼は本部のスワン島で行われるのが習わしだった。
ただし、後継者として認められる為には、成人している必要がある。
この世界では16歳で成人する。
リ・リラの場合は、16歳の成人式とその立太子の礼を同時にやると言う事になる。
スワン島は大陸の近くにあり、リーラン王国は大陸から離れた島国ではあるが、西大陸に属している。
そして、西大陸地域の国々は全てスワン教なるものを国教としていた。
エリオ達は今そこに向かっていた。
「大丈夫です」
エリオは短くリ・リラにそう答えた。
「ちゃんと仕事が出来ているようね」
リ・リラはエリオにそう言って、微笑むとリーメイと共に自室へ戻っていった。
「……」
エリオは無言でその姿を見送っていった。
(どうせ、今回はお手伝い、引き立て役ですよ……)
エリオは何だかやるせない気持ちになっていた。
この3年間で、僻み癖が付いてしまったようだ。
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