その2

 第3次アラリオン海海戦の処理後、エリオはアスウェル男爵の見送りの為、港にいた。


 男爵は本来の任務地である北方地方の中心都市アスウェルに帰還する所だった。


「男爵閣下、元の総旗艦艦隊の残存部隊をお願いします」

 エリオは男爵にそう言った。


「閣下はお止めください、公爵閣下。

 私は閣下の部下なのですから」

 男爵は笑ってそう言った。


「ああ、そうでしたね。

 とは言え……」

 エリオはそう言いながら何とも表現しがたい心情に駆られていた。


「虚しい……、空虚っていった所ですか?」

 男爵はエリオの心情を察したように聞いてきた。


「!!!」

 エリオは心情そのものを当てられた訳ではなかったが、ハッとした。


 この人は今の自分の気持ちを知っていると。


「アスウェル男爵は形としては、世襲ではないのですが、父が死んだ後に、私に送られた爵位です」

 男爵は静かに話し始めていた。


「……」

 エリオは黙って真剣に耳を傾けていた。


「爵位を拝命する事はとても名誉で誇らしい事なのですが、父が亡くなった事を考えると、そう思えなかった事を今でも思い出します」

 男爵は静かに話を続けた。


「確かにそうですね」

 エリオはそう言うと溜息をついた。


 と同時に、同じ心情を持った人がいて、少し安心した。


 父親の死によって、もたらされたものなので、重みを感じても嬉しさは無かった。


「しかし、閣下、結構大胆な事をなさるのですね」

 男爵は重くなった空気を変える為に、話題を変えた。


「大胆な事?」

 エリオは突然の話題の変更について行けなかった。


「ホルディム家に大分権限を譲った事ですよ」

 男爵はエリオが何やら壮大な策略を持っているのかと思っているようだった。


 御前会議後、今後の海軍の体制を最終決定する為に、海軍軍令部会議が行われた。


 この会議において、正式な総司令官として参加したエリオだった。


 だが、会議の内容に全く抗う事をせずに、御前会議で決定した事をそのまま以上に受け入れてしまった。


 権限を得たのだから、もう少しや利用があると思われるのだが、エリオはそれを行使しなかった形になっていた。


「譲るも何も、最初っから決まっていた事ですから……」

 エリオは男爵が何を聞きたいのか分からないと言った感じで答えた。


 あの会議自体は、御前会議の報告会みたいな物だとエリオの方は認識していた。


 まあ、男爵の方は違ったのだが……。


 その齟齬にいち早く気付いたのは男爵の方だった。


(やれやれ、戦いの方は天才そのものなのだが、政治の方はまだまだといった所か……)

 男爵は大いに失望してしまったが、そんな素振りを見せないようにしていた。


「とは言え、王都駐留艦隊を維持するのも、今のクライセン家では荷が重いですし、仕方がないのではないでしょうか……」

 エリオの方も男爵との間の齟齬に気がつき始めたので、言い訳を始めていた。


「確か、新造艦の計画があった筈では?」

 男爵は前に聞いていた話を持ち出してみた。


「ああ、あれは延期にしました。

 取りあえずは、現在建造中の艦だけは続けますが……。

 まずは、今回の戦いで傷付いた艦の修繕が先ですし、今のクライセン家の財政では無理ですから……」

 エリオは残念そうに言った。


「今回の損害による財政難と言う事でしょうか?」

 男爵は探りを入れるように質問してきた。


「ええ、確かに今回の損害もそれなりに堪えましたね。

 と同時に、見直しをしようかと思いました」

 エリオの頭の中には赤数字がぐるぐると回っていた。


「税を増やせばよろしいのでは?

 我らも協力しますが」

 男爵は怪訝そうに聞いてきた。


 経済に関しては、男爵は前公爵レベルなのかも知れない。


「それでは、ジリ貧になり、いずれは行き詰まってしまいますよ」

 エリオは即座に男爵の意見を否定した。


「……」

 即座に否定された男爵は更に怪訝そうな表情を浮かべていたが、沈黙してしまった。


 自分の認識範囲外の事を指摘されている気がしたからだった。


「今はようやく経済が活性化する兆しが見えてきた所なので、それを大事にしたいのです」

 エリオは何も言わなかった男爵に対して、熱の籠もった説明を続けた。


 熱くなるエリオは結構レアかも知れない。


 まあ、一番自分が注力してきた事なので、当然といえば、当然なのだ。


「では、クライセン家の艦隊の配置換えをして、王都駐留艦隊を再編なさるのは?」

 男爵は自分の頭が追い付いて言っていない事を自覚しながらも、別の提案をした。


「それでは、地方の治安維持に不安が生じてしまいます」

 エリオはまたもや即答した。


「うっ……」

 男爵は正論を言われたので、思わず絶句してしまった。


 だが、すぐに、

「では、その穴をホルディム艦隊にお任せになれば、よろしいのでは?」

と自分の面目を保つように別の提案をした。


 男爵は自分でも変に向きになっている事は自覚していた。


「いや、それでは折角育ててきたものをホルディム家に盗られてしまいます」

 エリオは首を横にゆっくりと振りながらそう答えた。


「!!!」

 男爵は完全に言い負かされた事を自覚した。


 とは言え、悔しい訳ではなかった。


 むしろ、地方のクライセン家の領地の事を考えてくれている事を嬉しく思っていた。


「しかし、それでも、やはり、大胆すぎると思います」

 男爵はそれでもやはり納得は出来かねている様子だった。


 名より実を取ると言った感じなのだろうが、果たしてそれが整合が取れているのかどうかは俄には判断しかねるからだ。


「そうなんでしょうか?」

 エリオはエリオで男爵の意見に納得していない様子だった。


「はい……」

 男爵は迷いながらもそう答えた。


「……」

「……」

 お互いの意見が割れた所で、沈黙が訪れてしまった。


 だが、2人はそれ以上、議論をする事はしなかった。


 はっきりと答えが出るものではないという共通認識が2人にはあったからだ。


 とりあえずは、それぞれの意見をそれぞれに胸に留めておこうという感じになっていた。


 まあ、エリオにしてみれば、他人が負担してくれるのだからラッキーとしか思っていなかった。


 そして、権限があるのだから、今度駐留するアリーフ艦隊も簡単に動かす事が出来ると思っていたかも知れない。


(閣下はまだお若い、何もかも完璧を求めることは止めておこう。

 それに、多少の困難さはこの御方の糧になるだろう。

 となると、むしろ、問題は……)

 男爵は思案を巡らせていると、一番気掛かりなものが思い浮かんだ。


「閣下、ご身辺の警護は抜かりないようになさいませ」

 男爵はまた突然の話題変更を行った。


「はい?」

 エリオはまたもや話題変更について行けなかった。


 ただ、いつも和やかなマイルスターや空気の読めないと言った感じのシャルスの表情が一気に険しくなった。


 2人にとって、自分達が仕事をしていないと言われた気になったからだった。


(ホルディム家は恐らく正攻法では閣下を追い落とすことは出来ないだろうからな……)

 ある意味、男爵はエリオの能力を信じていた。


 それに、女王は完全にこちらの味方なので、その点では安心していた。


「今後、益々2人の仕事が重要になってくる。

 くれぐれも頼むぞ」

 男爵は2人にそう言った。


「了解しました」

「了解しました」

 マイルスターとシャルスはハモるようにそう言った。


「え?」

 隣で間抜け顔を晒しているエリオとは大違いに、2人の表情は引き締まっていた。


「では、我らはこれにてお暇させて頂きます」

 男爵はエリオに敬礼した。


「良い航海を」

 エリオは色々転がる展開について行けない所もあったが、最後は帳尻を合わせるように、返礼した。


「ありがとうございます」

 男爵はエリオの返礼を受け取ると、踵を返して艦へと乗り込んでいった。

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