2.エリオ・クライセン

その1

 第3次アラリオン海海戦後、リーラン王国艦隊は王都カイエスに帰投した。


 帰投中、エリオは後悔しても仕方がない後悔心で一杯だった。


(俺にもっと権限があったら、もっと違う結果になっていた筈……)

 エリオはそう思いながら落ち込んでいた。


 しかしながら、この考え方はかなり傲慢だ。


 権限を持っていたからといって、事態をより良い方向に導けるとは限らないからだ。


 その辺の事が年若いエリオにはまだ分かっていなかった。


 ただ、本当の意味で、権限・地位の無さを思い知らされるのは、帰投後からだった。


 艦隊が帰投後、直ちに女王の御前で、会議が行われた。


 所謂御前会議であり、リーラン王国の最高意思決定機関であった。


 リーラン王国は、国王が自ら政治運営を行う親政だった。


 会議に参加できる者は、国王と嫡子である王太子、列席を認められた王族、そして、臣下では陸海軍府の総司令官と副司令官、文官を取り纏める中務府の長である主席大臣と副主席大臣のみである。


 現状の参加者は、女王ラ・ライレ、嫡子は成人していなく、列席を認められている他の王族はなし。


 陸軍司令官ロジオール公爵、副司令官は現在代理なので出席できず。


 海軍司令官は戦死しており、副司令官はホルディム伯爵。


 主席大臣はヘーネス公爵、副主席はヘーネス公爵家の嫡子で今年成人したカカ侯爵。


 つまり、クライセン家の跡継ぎではあるが、成人前で現時点で爵位の持っていないエリオには出席する資格がなかった。


 これは政治力という意味では極めて不味い状況にあった。


 話は逸れるが、女王ラ・ライレはエリオの大伯母である。


 2人の公爵は、サリオとは同世代である。


(正式に地位や権限がないと言う事は、こう言う事なのだな……)

 会議に出席できないエリオはそう痛感した。


 御前会議の重要性は知っているつもりだった。


 だが、本当の意味でその重要性を思い知らされたのは、会議後の事だった。


 第3次アラリオン海海戦の報告は、海軍、つまり、ホルディム伯から行われた。


 現行の最高位なので、こうなるのは当然の流れだった。


 当然、自分の立場を悪くする報告は無視され、自分の都合の良いように報告が行われた。


 一番槍を行ったのはホルディム艦隊であり、ハイゼル候を討ち取ったのもホルディム艦隊となっていた。


 つまり、今回の功績は全てホルディム艦隊にあり、クライセン艦隊は何もしないどころか、足かせになったという事になる。


 ただ、御前会議の出席者で、戦場にいた者はいないので否定が出来なかった。


 その為、本来弾劾されるべきホルディム伯爵家が全くお咎めがない結果となった。


 その代わりに割を食うハメになったのは会議に参加していないクライセン公爵家だった。


 ホルディム伯は自分の言い分を通す事に成功し、更なる野望を実現しようとした。


 それは、ホルディム伯が総司令官代理の地位に就く事の提案だった。


 エリオは成人前で、この機会にクライセン家の地位を奪う算段をしていたのは間違いがなかった。


 それに、これだけの功績を挙げたのだから、当然の論功行賞だと節もあった。


 たが、これは女王の意向により、拒絶された。


 各府、省庁の人事は、各家が代々継ぐ物だったが、最終的な承認・解任は女王の手の中にあった。


 滅多に、その伝家の宝刀を抜く事はないが、この時ばかりは、一笑に付されると言った感じで却下された。


 代わりに、成人前だが、エリオがクライセン公爵家を継ぐ事を承認した事を宣言した。


 と同時にクライセン公爵家が代々務めている海軍総司令官に就任させた。


 甥孫びいきの女王の真価が発揮されたとも言い得なくはない。


 だが、これは、事前に決まっていた事を履行すると共に、純粋にエリオの能力を評価した結果だった。


 しかし、王都に駐留できるクライセン艦隊は5隻までとし、海軍副司令官代理兼王都駐留艦隊として、アリーフ子爵が率いる艦隊が駐留する事となった。


 アリーフ子爵は、本名サイオ・ホルディムと言い、ホルディム伯爵家の嫡子であった。


 これは、クライセン家から実質の海軍の指揮権を奪う行為であり、政治的な別の目的もあった。


 そして、これを阻止するには、今のクライセン家にはそれだけの政治力がなかった。


(クライセン家への無理な艦艇建造は避けられたので、これは良しと思うしかないな……)

 エリオは御前会議の結論がそれほど自分達には不利にならなかったと安心していた。


 まあ、お分かりだとは思うが、これは「エリオ談」と言う事で、実際はとんでもない事になっていた。


 第3次アラリオン海海戦のリーラン側の戦後処理はこれにて終了した。


 エリオの思いとは裏腹に、正に暴風の中にエリオは叩き込まれたような状況だった。


 いや、奈落の底に突き落とされたと言った方が表現は正しいのかも知れなかった。


 でも、まあ、それを自覚するにはエリオはまだ若かったかも知れない。


 単なる間抜けだという事は言わないで頂きたい……。

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