第5話 欧州覇権国家の出現

1940年6月22日、コンピエーニュの森にてナチス・ドイツとフランスの間に独仏休戦協定が締結された。


ダンケルクで英仏軍は甚大な被害を被った上、当時世界最強の陸軍国家とも呼び声高かったフランスの主力部隊は北方に送られドイツ軍の大規模な包囲下にあり、首都パリの防衛は不可能となった訳である。


最終的にフランス側の死者は10万を優に上回り、イギリス海外派遣軍も撤兵を試みた40万の将兵の内約8割を失う壊滅的な打撃を受けたのに対し、ドイツ国防軍の被害は2万9000に留まっていた。


そして一次大戦と全く同じ"休戦の客車"で結ばれた同条約は、かつて連合国がドイツに課したものよりも更に苛烈であった。


具体的にはフランス国土の5分の3に当たるジュネーブ-トゥールーズ-仏西国境を結ぶラインより北西部の統治をドイツに委ねる事や、ドイツ・イタリア軍に対して1日4億フランもの占領維持費を支払う事などが取り決められた(漁夫の利を狙ったイタリア軍も南仏へ進駐していた)。


フランス側代表のシャルル・アンツィジェール将軍は厳しい条件を緩和しようと試みたものの、ヒトラーに変わって交渉を担当したヴィルヘルム・カイテル上級大将は条項を受け入れるか、拒否するかの2択だと強く迫った。


フランスには今やベネルクス三国やポーランド西部、スカンディナビアをも占領下に置き、ソ連と結んで名実共に"欧州大陸の覇者"となったドイツに対抗する力はなく、同条約に調印するしかなかったのだ。


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この頃のフランスと言えば通称ヴィシーフランスですが、この世界でも傀儡として独立国フランスは一応存続します。

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