潜水艦同士の戦い
「ソナーより発令所! アクティブを打ったのは前方十一時の方向! 同深度より接近する潜水艦を探知! 中国攻撃原潜長征19です!」
「やっぱりいやがったか」
戦略原潜は相手から狙われているため、護衛がいることがある。
張り付いたままだと、重要な船の存在を教えるようなものなので、戦略原潜のいる海域を重要施設の警備員のように巡回している。
運悪く近くにいて、爆発音を聞きつけて駆けつけてきたようだ。
しかもアクティブソナーを、浮上時の安全確認か、攻撃前の最終確認にしか使わない探知音を打っている。
「長征19! 魚雷撃ちました! 更に一発! 魚雷二本が本艦に向かってきます!」
「全速! 取り舵一杯!」
速水は回避を命じた。
「魚雷は本艦右舷後方を通過! 離れて行きます!」
遠距離だったため、狙いが甘く魚雷は外れた。
直後、魚雷は燃料が尽きたのか爆発した。
「うおっ」
爆発の衝撃が<くろしお>にも届き、船体をゆらす。
速水達は
「あいつら本当に、本物の魚雷を撃ちやがった」
水雷士は本物の魚雷を撃たれたこと、本当に殺されそうになった事に動揺して呟き、叫んだ。
「何でいきなり魚雷を撃ってくるんですか!」
「俺たちが戦略原潜を沈めたと思ったからだろうな」
叫ぶ水雷士に速水が言うと彼は黙った。
先ほどの先制攻撃を主張しただけにバツが悪い。
「……勘違いも甚だしくありませんか」
愚痴を言うだけで水雷士は精一杯だ。
ただ、攻撃しなかっただけマシだ。
こっちが、速水達の<くろしお>が攻撃していたら戦争開幕だ。
しかし、向こう、中国の遠征19は味方の戦略原潜攻撃したと勘違いしている
そして、遠征19の誤解を解くため手段を<くろしお>は持っていない。
話し合いで全てが解決するわけでもない。
そして話し合いの場がなければ、対話さえ不可能だ。
「副長、指揮任せるぞ」
しかも、この状況で艦長から指揮を委ねられる。
相変わらず、丸投げしてくるが、速水は嫌とは言わず、命令を下す。
「四時方向の長征19が転舵! 急速に接近中!」
「面舵! こちらも近づく!」
ソナーの報告を聞きながら長征19との相対位置を思い浮かべ、速水は指示を出す。
「新たに魚雷二本発射! 本艦に向かう!」
「回避しますか」
「いや、そのまま。引きつける」
接近しており、魚雷の探知犬外へ逃れることは出来ない。
ならば引き寄せてから躱す。
「魚雷接近! 距離一〇〇〇! 九〇〇!」
「デコイ発射! 面舵一杯! スクリュー停止!」
艦尾から<くろしお>の走行音を真似た音を出すデコイ――囮弾を発射した。
同時にスクリューを停止させ、舵を切ることで、行く先を誤魔化す。
「敵魚雷、デコイに食いつきました! 右へ逸れます」
コオオオオッッッという魚雷の走行音が右の壁から流れてくる。
段々と音が大きくなると共に全身が縮み上がるが、やがて小さくなっていき安堵する。
「魚雷離れました! 遠ざかります。遠征19! 魚雷発射管扉の解放音! また魚雷二本発射! 距離一六〇〇! 方位三一五より接近!」
「針路三一五!」
「三一五! 魚雷の来る方向ですよ!」
水雷士が思わず聞き返した。
だが速水はハッキリと答えた。
「そうだ! 三一五だ! 機関室! 最大戦速! 機関一杯! 電池群直列!」
機関一杯とは、機関が壊れても良いから兎に角回せ。
過負荷状態で回し続ける事だ。
「機関室出力120%に上げろ!」
「無理です現在110%! モーターが焼ききれます!」
「120%に上げろ!」
機関一杯の指示に機関室から悲鳴のような応答がした。
下手をすれば、過電流でモーター内部の導線が焼けたりショートして航行不能になる。
「これくらいならまだ数分大丈夫だ」
だが速水は強硬なうえ、根拠が無いわけでもなかった。
建造が終わって行われる試験、公試の時、出力120%の過負荷状態で航行出来るか試したことがある。
あのときは三〇分ほど120%で回したが大丈夫だった。
「緊急事態だ! 兎に角回せ!」
敵魚雷が命中しそうな時、命中したらお終いであるからモーターが焼け焦げても逃げるべきだ。
その点では速水の一杯は正しい。
なのに、速水は魚雷に向かって突っ込ませようとする。
「艦首回しました!」
操舵手は言われたとおり、魚雷の来る方向へ艦を向ける。
後ろの機関室から、一番遠くにあるはずのモーターの音が発令所まで聞こえる。
「速力一八! 一九! 二〇! 二一!」
改たいげい級の最大速力は二〇ノットと公表されているが、嘘だ。
実際は更に出せる。潜水艦の性能をに見えない海中での速力を正直に公表することはない。
しかも安全マージンを無視した過負荷状態ならさらに高速を出せる。
カタログスペックを超えた速力で<くろしお>は一直線に魚雷に向かって突っ込んで行く。
「何なんだよ。この状況は」
副長の号令の元、<くろしお>が魚雷に向かって行く状況に水雷士は困惑するしかなかった。
「速水」
艦長が副長に声をかけた。水雷士は艦長が止めてくれると期待した。
「本でも書いているのか?」
「……は?」
見当違いな問いかけに水雷士の困惑は更に深まる。
だが副長は苦笑しながら艦長に答える。
「いいえ、ですが帰ったら許可を貰ってファイティングセイラーの本でも書こうかと思います」
「よしておけ、奴は愚か者だ」
「そうでしょうか? アナポリスを二年の時に辞めて入り直した面白い人物ですよ。アイスクリームの列に割り込んだ少尉二人を注意していますし、話題豊富なブルです」
「何を言っているんです」
二人の呑気なやりとりに唖然とした水雷士は突っ込むのがやっとだった。
「命中まで五秒」
魚雷との接触時間を計算していた航海長が報告する。
「四秒前! 三! 二! 一! 今」
直後、艦首から激しい音が響いた。
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