第7話 ガセ記事の仕組み
<裕星か? 今どこだ! 急いで会社に来い! 大変なことになってるぞ。お前心当たりないのか?>
慌てているのか、電話口で要件を明確にしない社長に、
「一体何事ですか? 会社で何かあったんですか? 俺にはさっぱり分かりませんよ。もっと具体的に教えてください」と叫んだ。
<スキャンダルだよ、裕星、お前のな! 明日の週刊誌に出るんだ! それも女とツーショットの写真付きでな>
社長があまりにも大声を出すので、裕星スピーカーにしてテーブルに置いた。
「社長! その写真の相手は誰ですか? まさか美羽?」
社長始め、メンバーやマネージャーには美羽と交際していることは報告してある。
<いや、違う。どうも見たこともない女なんだが、どっかホテルのロビーだな、これは。
お前と二人で仲良く話してる写真が掲載されている。一体何者だ? 美羽さん以外の女とホテルとは何事だ!>
──まさか、あの時か……。
冷静になってみると、背後にいた例の女の男友達の存在を思い出した。
あのホテルには女の他に数名の仲間がいた。
きっと女が裕星に駆け寄って話しかけたところをわざと隠し撮りしたのだろう。
あのホテルは用の無い三流記者がおいそれと勝手に入れるような簡単な場所ではないから、女が一緒に連れてきた男たちの仕業で間違いないだろう。
後日分かったことだが、女がホテルのエントランス前で警備に止められたとき、どうやら裕星の名前を出して車の車種とナンバーまで詳しく話したことで、中に入れてもらえたようだった。とてもずる賢い女だった。
「あいつ、本当に性悪だな! 一体何がしたいんだ?」
裕星にとって、女はただの迷惑な同級生から憎むべき相手に変わってしまった。
裕星は電話を切るなり、「美羽、昨日の事で事務所に迷惑を掛けたみたいだ。今日はゆっくりドライブして帰りたかったけど、悪いけど俺はこのまま急いで事務所に向かう。
美羽はタクシーを呼んでおくから、一人で寮に帰れるか?」とすまなそうに言った。
美羽は「私は大丈夫よ!裕くんの方が心配だから、早く事務所に帰ってあげて」そう言うと裕星の背中を両手でポンと押した。
「悪いな、美羽! 社長に事情を話して記事を差し止めさせる」
裕星は足早にドアから出て行ったのだった。
一人ポツンととり残された美羽は、広いスイートルームにしばらく立ちつくしていたが、荷物をまとめ心配と不安に襲われながら重い足取りでエレベーターへと向かったのだった。
裕星が事務所に着くと、社長が待ち構えていたように【週刊女の春】の記事になる前のゲラをテーブルの上に広げた。
『海原裕星 高校時代から交際6年。大人の事情で封印された愛が今解かれた』
なんとも言えないお粗末な記事の内容は、あの女がリークしたものだろうが、かなり薄っぺらい内容で、裕星の現在の実情も裕星のスケジュールすらも無知のせいで、矛盾だらけの妄想で書かれたのが一目で分かるような甘い口説き文句やらプロポーズの劇的なセリフやらが、読者の気に入る様にまことしやかに掲載されていた。
その内容描写の不自然さ、『一体誰が部屋の中を見ていたのだろうか、誰が会話を聞いていたのだろうか?』と冷静に考えれば、全てが嘘である事は明白な稚拙な記事だった。
しかし、たぶんショックで頭に血が上ったファンたちには気づかれないだろうとして、何も知らない一般人をバカにして書いたものだと容易に憶測できた。
「社長、これは昨日のホテルです。
俺が泊まるホテルにこの女が押しかけてきて散々わめいて帰って行っただけですよ。
確かに同級生ですが、付き合ったこともなければ、この女の素性すら何も知らない。ただ高校が同じだっただけです。まるでストーカーですよ」
「しかしなぁ、裕星、週刊誌は無知な読者にショックを与えて購買欲を湧かせるのが常套手段なんだ。
いくら抗議しても撤回することはしないだろうな。
記事が違うと言っても、まあ光太の時もそうだったが単なる言い訳と取られてしまうから、否定コメントを出しても火に油なんだよ。
ウチの事務所は、最近お前らが売れて来てから、とみに週刊誌に狙われる様になったからなぁ。
以前、他の事務所のタレントも被害に遭って『ただの友達です』と事実をコメントさせたら、それが言い訳だと思われて、それは熱愛宣言ということですね、と第二弾の妄想記事が出されてしまったからなぁ。
本当にお前はこの女と泊まったわけではないんだな?」
「はい、この女とは泊まっていません」
「この女とは? なんだか歯切れが悪いな」
「いえ、正直に言えば、一緒にいたのは美羽なんです」
「なんだって? 裕星、迂闊だったな。
美羽さんのことがバレなくて良かったものの、もしこの女が彼女のことをリークしていたら、もっと大変なことになったぞ。ファンが一般人の美羽さんに嫉妬心を爆発させかねないところだった。
お前らのことは俺も理解してるつもりだが、交際をするなとは決して言わない。ただ、彼女をもっと守ってやれ! こういうことの無いようにな」
「わかっています。そのつもりで前々から計画を綿密に立てた結果がこうなってしまったということは、結局俺の計算ミスでした。どこか油断してたんだな──。
あの女の事は俺が責任を持って対処します。
本来なら付き合ってすらいなかったんだから、俺の過去のどこを探られても痛くも痒くもないが、それが分かったとたん週刊誌もネタ切れで、そのうちガセ記事恒例の【破局】記事を出して閉めることになると思います。
それも俺にとっては心外なことですが、取り敢えず騒ぎは収束すると思います。
なにせ、あいつらは部数が売れさえすれば事情とか真実などどうでもいいやつらですからね。」
「明日の記事の放出は止められないだろうな。もし万が一美羽さんのところにトバッチリが行くようなことがあれば大変だ。それだけは注意しておけよ」
「わかりました、社長。申し訳ありませんでした」
今回の裕星は、いつにも増して社長に深々と頭を下げたのだった。
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