第22話 杞憂
(ここには無いか……まあ、専門の大型店とは違うからね)
だが、ここには並んでいなかった。大きなショッピングモールでも大きな電気屋と比べると品揃えが悪いのは仕方がない。元より急いで手に入れなければならない訳でもないので、一通り見て回って無いと判断するとあっさりと踵を返した。
「――! こ……だ!!」
そんな中、静かなモール内に聞き覚えのある大声が響いて来た。
(今のは勇人君の声……ゾンビが出たのか?)
いつでも異能力を使えるよう集中しながら、蒼はゆっくりと電化製品コーナーを出て、吹き抜けから下の階の様子を眺める。勇人は集合場所と決めていた一階入り口付近の広場に
(昨日も見ていたが、あの異能力は強力だな……ちょっと羨ましい)
今の異能力でもこのゾンビ世界を十分生きてこれたのだし不満は無いが、目に見えて攻撃力のある異能はやはり安心感が違う。
(これ以上ここに用事がある訳でもないし、そろそろ降りるか)
そんな事を考えている間に、既にゾンビは片付いたようだ。電気が止まって動かないエスカレーターを降りる蒼は、そこで見慣れない一人の少女を発見した。上から見た時は角度的に見えなていなかったようだが、隻夢たちはこの少女を助けるためにゾンビを排除したのかもしれない。
(いや、怖がって逃げてるけど……)
蒼が二階へと降りた頃にはすでに少女は去った後で、曲がり角を曲がって見えなくなってしまった。特に呼び止める事もなくそれを見送った時、反対側から勇人たちが走って来た。
「あっ、蒼も来たのか。用事は済んだのか?」
「欲しい物は無かったよ。それより、あの少女を追ってるのかい?」
「なんだ見てたのか。ああ、いつゾンビに襲われるかも分からない場所で一人にするわけにもいかねえしな」
一人にするわけにもいかない、という言葉には『安全な場所まで連れて行く』という意味も込められているのだろう。そんな事をあっさりと言ってのける勇人を見て、蒼は少しだけ変な気分になった。
ちらっと見えただけだが、さっきの少女は中学に上がりたてとかその辺りだろう。そんな年端もいかない女の子とサバイバル生活を共にするなんて、損得で言えば明らかにデメリットでしかない。
隻夢や勇人のような強力な異能を持っているのなら年齢も関係ないだろうが、あの少女にそんな素振りは見られなかった。恐らく本当にただの少女だ。
(だと言うのに勇人君は、迷いなく助けようとするのか)
それは優しさとも言えるし、甘さとも言える。蒼には無くて、勇人にはあるものだ。その優しさを当たり前のように発揮できる彼を少し羨む気持ちや、その甘さを自覚していない事を少し残念に思う気持ち。それらがない交ぜになって、変な気分がしたのだ。
(まあ、でも……)
自分にないものを持ってる彼を見ているのは、悪くない。
ゾンビ世界を一人で生き延びるために損得勘定ばかりして一か月以上生きて来た。今日までの間に蒼は他の生き残りにも出会っていたし、その内いくつかには、蒼が助けに行けば助かったであろう命もある。自分の安全を第一にして見捨てた蒼とは違い、勇人なら助けに行ったであろう命だ。
(自分のしてきたことが悪かったとは思わないけど……彼らと一緒にいる時ぐらいは、損得勘定を抑えてみてもいいかもしれないな)
「ん……? どした蒼、ちょっと笑って」
「いや、何でもないよ。それよりさっきの少女を追うんだろう? 出来るだけはやく見つける為にも、ここはバラバラになって探した方がいい」
「そうだな。まずはあの子の安全を確保するのが最優先。ゾンビも見つけ次第ブッ倒す」
見た感じだと足は速くなかったので、そう遠くには行けないはずだ。またさっきのように襲撃される前に、皆は散らばって二階フロアの散策を始めた。
* * *
このショッピングモールのフロアは上から見ると、横に膨らんだ楕円に南北へ横二本の橋が架かっているように見える間取りになっており、先ほど隻夢がゾンビを蹴散らしたのも二階フロアの橋の部分だ。
そこから少女は北側へ走って行き、蒼が眺めていた限りではもう一方の橋は渡っていない。なので北側のどこかにいるだろう、と蒼はあたりをつけている。
(派手に暴れたのに他のゾンビが寄ってこない。こんなに静かなモールだと結構音は響くはずだから、ここでゾンビが来ないという事は、もうほとんど残ってないと思っていいだろうな)
そして蒼は今、少女が通るかもしれないもう一方の橋のふちで待機していた。待ち伏せている、と言えば聞こえが悪いかもしれないが、やってる事はその通りである。あの少女が顔を見ていないのはおそらく蒼だけであり、元々優しそうな雰囲気が出ている彼が適任だ、と勇人が指名した。今は少女が通るのをじっと待っている。
(とりあえず、あの子がここに来たとしたらなんて声をかけるべきか……)
やる事もないので一人で思考にふけっている蒼は、ポケットのたくさんついたロングコートをはたきながらそんな事を考える。警戒されないような接し方を考えながらも周囲に気を配る事数分。とある洋服店の中から、ゆっくりと先ほどの少女が姿を現した。
(待ち伏せていたと知られれば警戒されそうだし、ひとまず店に入ろう)
偶然を装うために、蒼は橋をまたいで少女のいる洋服店の向かい側の店に入り、数秒後再び出て来た。
既に周囲は確認済みだが、まるで今店から出て来た風を装うために、慎重に周りを確認する素振りもする。そして、橋を渡ろうと歩き出した少女と目が合った。
(向こうも気付いたか)
危害を加えそうもない雰囲気を持つ蒼にこの役目を任せた勇人の見立ては間違っていなかったのだろう。やはりこんな場所で一人きりなのは心細いのか、少女は一人たたずむ青年を怪しむ事なくこちらに走って来る。
逃げられなかった事に一安心し、蒼も合流しようと歩き出した。
しかし、蒼が橋を渡ろうとしたその時。
半ばまで橋を渡っていた少女が急に足を止めた。少女は何か悲惨なものをみたような青ざめた顔でこちらを見ている。
(まさか、警戒されたか……?)
眉をひそめる蒼だったが。
「と、止まってください!!」
目の前の少女から突然そんな叫び声が聞こえ、蒼は反射的に足を止めた。先ほどまでの印象とは打って変わった様子を不思議に思った、その直後だった。
蒼の目の前に、質量のある何かが落ちて来た。
(……っ!?)
ガラスや金属片が飛び散り、蒼は後ずさる。そこに落ちて来たのは、先ほどまで蒼がいた電化製品コーナーに並んでいた電子レンジ。
もしも、少女の警告が無く蒼が歩みを止めていなかったら、蒼は真上から落ちて来た電子レンジに直撃していた。
(三階から……誰かが投げた!?)
当然、こんなものが自然に落ちて来るはずがない。そして、蒼が三階を見上げたのと、ソレが落ちて来たのはほぼ同時だった。
ダンッ!! と音を立てて。
危うげながらも
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