第37話 魚が食べたい

 谷の入り口は言われないとわからないような地形になっていた。見た目は木々が生い茂る今までの森と変わらない。谷方向に向かって緩やかに下っていくようで、その両端は徐々に丘のように高くなっている。その丘の端から端までも数百メートルはあるようなので、普通に歩いているだけでは気づかないだろう。


 と言っても地形が変わろうが私たちのやることに変わりはない。食べられるものを採集しながら、襲ってくる魔物を蹴散らしながら進むだけだ。倒した魔物は漏れなく時空の鞄へと収納していく。


「魚って獲れるかな?」


 広くなってきた川を眺めながらぽつりとつぶやく。森に来てからというもの、魚を食べる機会はまったくなかったので、目の前にいるのを見ると食べたくなる。


『少なくとも魚影は見える』


 キースが言うように、確かに魚は見えるのだ。だけど獲る手段がない。釣竿なんてものはないし、諦めるしかないのか。

 と思っていたが。


「うわっ!」


 川面から一メートルくらいの魚が飛び出してきて襲い掛かってきた。しかも足が生えていて地上を歩いてくる。


「なにあれ気持ち悪い……」


『サハギンだな』


 あっさりとスノウに噛みつかれて動かなくなるが、足が生えているので食べようという気にはなれなかった。これじゃないんだよ……。


 さらに進むこと数日。

 川幅が広くなって木がまばらになってきた。地面は岩場も混じり始めて谷も深く狭くなっている。なんだか久しぶりに空を見た気がする。

 などと空を見上げながら川岸を歩いていると、突然川面から水の塊が飛んできた。


「えっ?」


 咄嗟のことに反応できずに胸元に直撃を食らってしまうと、勢いよく吹き飛ばされて地面を転がった。


「げほっ、げほっ」


 胸元を押さえると咳き込むけれど、思ったほど威力はなかったみたいだ。びっくりしたけどそんなに痛くなかったし、なんともなさそうだ。


「あーびっくりした……」


 呼吸を整えて川方面へ視線を向けると、怒りのオーラを纏わせたスノウが川へ飛び込むところだった。振りかぶった前足を川面に叩きつけると、大音量と共に衝撃波が発生して水しぶきが飛び散る。


「うわぁ……」


 そのままスノウは川の中へと飛び込む形になったが、すぐに岸へと上がってくる。全身を震わせて水分を飛ばしていると、川面に魚が大量に浮いてきた。死んだのか気絶したのかわからないけど、これはチャンスではなかろうか。

 しずくとふうかにお願いして魚を岸へとあげてもらうと、さくっと頭をナイフで落としていく。足が生えていなければどうということもないのだ。


「魚! ……スノウ、ありがとう」


 スノウの全身を精霊魔術で乾かしてやると、いつもの五割増しでもふもふしてあげた。川岸を歩いていると水の塊がちょくちょく飛んでくるようになったので、しずくといしまるにお願いして防いでもらうことにした。

 しずくに水塊をある程度細かくしてもらい、いしまるに防いでもらうコンボだ。


「お、ここで休憩しようか」


 少し開けた場所に出たので周囲の安全を確認してみる。木はほとんど生えておらず草が生い茂っている。川からある程度離れれば水塊も飛んでこないかな?

 いつの間にか巨大な谷底に入っていたようで、谷の両端は切り立った崖のようになっていた。もうこの先を進んで行くしかできなさそうだ。


 胸元まで伸びている草を均して場所を作ると、鞄からコンロと金網を取り出してセットする。


「シュネーたちも魚食べる?」


 試しに聞いてみると、シュネーはいらないみたいだったけどスノウは興味津々だ。


「じゃあ焼くね」


 最近だとスノウも私と同じものを食べることが増えてきた。シュネーは今まで通りお肉がメインだけど、スノウは野菜類も焼けば食べる。

 もうひとつコンロが欲しいところだけど残念ながら一つしかない。スノウ用に大きめの魚を網に乗せてじっくりと焼いていく。しばらく焼くと煙がもくもくと出てきたけど、魚って焼くとこうなるのかな。


『何か上にいるな』


 キースが崖上に向かって呟いているけど、確かに何かが見える。魚を焼いた煙が上っている付近だ。匂いに引き寄せられたんだろうか。


「なんだろね?」


 魔力を目に集めて視力を強化すると、四足歩行の獣のような魔物が見えた。


『額から二本の角が生えているな』


「え、そこまで見えるの?」


『これでもメインのレンズは光学ズーム搭載だ。そこらの視力が強化できるようになった人間など相手にならん』


 それって私のことだよね。最近視力強化ができるようになったばっかりだし、絶対に私のことだよね。


『あれは……ルナールか』


「ルナール?」


 キースの言葉を繰り返して尋ねると、得意げになって教えてくれる。


『額に二本の角が生えている狐の魔物だ。角から雷を放つ魔物だな』


「へぇ、そうなんだ。雷ねぇ……」


 雷と聞いて、下位精霊のらいらと契約したときのことをちょっとだけ思い出した。雨と雷がすごくて何もできなかったけど、嵐が去った後も私の側にいたんだよね。


「らいら、もし雷が飛んで来たら逸らしてね」


 念のためにらいらへと魔力を渡して予防線を張っておく。

 しばらく魚を焼く煙が向かう崖上を眺めていると。


「あ」


『あ』


 匂いを嗅ごうと首を伸ばしていたルナールが崖の上から落ちてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る