第36話 人がやってくる方向
外の話と言っても、私にはそれほど話せることはない。
幼児化したことを話さないなら、森に来てからの話しかできない。この森に捨てられて、シュネーとスノウに助けられてなんとか生きてきた話をする。
「そうかい……、つらかったんだねぇ……」
オババ様が涙ながらに同情してくれる。
「歳を取ると涙もろくていけないね」
別にかまわないとは思うけど、どうやらダメらしい。私もよく泣くようになったし一緒だな。
「あたしも若い頃はねぇ」
と思ってると今度はオババ様の話が始まった。それはもう楽しそうに話を続ける。
大きい猪を仕留めた話。ゴブリンの集団に村が襲われた話。村の長を決める大決闘が行われた話。人間が集団で襲ってきた話など。
「え? 人間?」
聞きに徹していたけど、聞き捨てならない言葉が出てきた。
「なんじゃ、お前さんは人間に興味があるのかい?」
思わず話を遮ってしまったけど、オババ様は逆に興味を持ったようだ。
「うん。その人間ってどこからきたのかわかる? 人間のいるところに帰りたいんだ」
私の言葉を聞いて、オババ様がじっくりと私を観察する。
「おお、そういえばお前さんも人間だったな。……はて? 奴らはどこに逃げ帰ったんじゃったか?」
誰にともなく尋ねると、一緒にいた他のオーガから「谷デす」と返ってくる。
「ほうほう、あそこか。あの谷はなかなか食い物が豊富での。わしも若い頃は遠出して谷まで行ったもんじゃ」
「どこにあるんですか?」
若干食い気味でオババ様に一歩近寄ると、顔のしわを深めて頭を撫でられる。そして撫でる手が止まってからしばらくして。
「はて? どこじゃったかな?」
どうやら思い出してくれていたみたいだけど、残念ながら記憶は蘇らなかったようだ。しかし場所を知っているオーガがこの場には居た。
「アッチ」
まっすぐに部屋の外を指差している。
が、さすがにそれだけだと方向しかわからない。それに森を移動すると微妙に方向が狂うのだ。キースのおかげでまっすぐ進めるが、オーガが指す方向がほんとうにそちらにまっすぐ先なのか不明だ。
『方向通りに進むだけならできるが、谷にたどり着けるかはわからんな』
渋面をしているとキースが代弁してくれる。
「人間の住む場所に帰るのかい?」
オババ様が真面目な表情になって尋ねてきたので、私も神妙な顔で頷き返す。
「なら谷まで送ってやろう」
「えっ?」
なんだろうと思っていると、オババ様から予想外の言葉が出てきた。
「おい、お前」
「ハイ」
ここまで道案内をしてくれたオーガがオババ様に指名され、一歩前へと出てくる。
「このちびっこを送ってやんな」
「わかりマした」
何かよくわからないうちに話が進んで行く。助けてくれと言われてここまできたけど、結局私は何もできていないのだ。
「いいんですか?」
「ああ、いいんだよ。こんなに楽しかったのは久しぶりだよ。お前さんはきっと何もしてないと思ってるかもしれないが、あたしゃ十分よくしてもらったよ」
「そう……なんですか」
楽しそうにしているのはわかったけど、普段を知らない私には判断が付かないところだ。でもまぁ、本人がいいって言ってるのならいいか。他人がとやかく言うことではない。
「そうだとも。子どもは子どもらしく、細かいこたぁ気にしなくていいんだよ」
「……それじゃあ、お言葉に甘えて」
「あっはっは、お前さん子どものくせに難しい言葉を知ってるね。仲間の元に帰れるようにここで祈ってるよ」
最後にそれだけ言葉にすると、「あたしゃ疲れたよ」といってベッドへと背中を預けて目を閉じた。
「ありがとうございました」
「ジゃあ行コう」
見えていないかもしれないが、オババ様にぺこりと頭を下げて部屋を出る。オーガについて外に出ると、来るときに集まっていたオーガはほぼいなくなっていた。なんとなく圧迫感がなくなって安心する。
私たちが出てきたことに気が付いたシュネーが顔を上げる。
「遅くなってごめん。できることはもうやったし、行こう」
そう語り掛けると静かに頷いてくれる。
こうして村に来た時と同じく、オーガに案内されて次は谷へと向かった。
五日ほど森を移動して谷の入り口に到着した。
以前と同様に襲ってきた魔物たちは全部オーガ任せだ。しかも処理しきれない魔物は全部もらってたりする。さすがに時空の鞄は知らなかったようで驚いていたけど。
「ジゃあな」
「ありがとうございました」
ここまで送ってきてくれた喋るオーガはオババ様の子孫だったらしい。いくつ下の世代になるのかわからないそうだけど、オーガの生態なんてよく知らない。
谷があるという方向を見れば確かに植生が豊かだ。木の実も多く、草食の魔物やそれを狙う肉食の魔物もたくさん集まるという。そして中心には川が流れていて、そのまま下流へ行けば谷底を流れる川となり、ごくまれにその先から人間がやってくるらしい。
「気を付ケろよ」
見送られて大きく手を振り返すと、オーガが深く頷いて踵を返して村へと帰っていく。私たちも谷方向へと向きを変えると、シュネーたち親子と一緒に人里目指して歩き出した。
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