第29話 決意

「シュネー、スノウ。ちょっといいかな」


 じゃれあう二匹の前に立って声を掛ける。

 私の真剣さに気が付いたのか、二匹ともきっちりと座ってこちらに向き直ってくれた。


「今までずっと考えていたことがあるんだけど、あたしの精霊魔術もそこそこ使えるようになったと思うんだ」


 レベル2の各種属性魔術はほぼ攻撃力が皆無だ。だけど精霊魔術は違った。石のつぶてを飛ばしたり、強風を吹き付けたり、水の玉をぶつけたり。足手まといにはならなくなったんじゃないかと思う。


「だから……、その……、そろそろ人がいる場所に……、帰ろうかと思ってるんだ」


 シュネーとスノウが最後まで付いてきてくれるとは思っていない。今までずっと一緒に過ごしてきたけど、この二匹の住む場所はこの森なのだ。だけど森の端っこまでは一緒についてきてくれると嬉しいなと、自分勝手に思っている。

 実際にここを離れると話し始めたところで視界が滲んでくる。シュネーとスノウと離れたくないなぁと思うともうダメだった。なんだか幼児化してからすぐに泣くようになった気がする。


「ガウ」


 シュネーが一歩進み出てきて屈みこんだかと思うと、私の顔面をベロりとひと舐めする。

 一気に涙が引っ込んだ。


「……シュネー?」


 顔をクイッと森の奥へと向けると、そのまま歩いて行く。スノウもひとつ頷くと、シュネーの後をついて歩いていった。


「……付いてこいってことかな?」


『恐らくそうだろう』


 であればついて行くしかない。何をするのかわからないけど、ついて行かなければわからないだろう。

 森の中をしばらく歩いて行く。かえでに頼めば草木が避けて歩きやすくなるので、苦も無くついて行ける。一時間ほど歩いただろうか、前方でシュネーとスノウが立ち止まっている。二匹の後ろから前方を覗き込むと、茂みの向こう側に魔物を一匹見つけた。

 体長二メートルくらいの狼である。体はやせ細っているが、獰猛な目をギラつかせている。


『はぐれ狼か』


「そうなの?」


『狼は基本的に群れで行動するからな。一匹だけならはぐれだろう』


 キースとそんな会話を交わしていると、シュネーが振り返って私の背後に回り、顔先で背中を押してきた。


「いや、あの、ちょっと……」


 もちろんそんなことをすれば狼の視界に入るわけで……。と思ったときにははぐれ狼と目が合った。と同時にシュネーは後ろに下がって藪の中へと入ってしまう。ポツリと取り残されたのは私だけだ。


「グルルルル」


 低い唸り声と共に姿勢を低くして臨戦態勢を取っている。口元からはよだれがたらりと垂れていて、私を食べる気満々だ。

 なんとなくシュネーの意図するところはわかる。私が森の中で戦えるかどうか見たいのではないだろうか。自分でもこれくらいの魔物はあしらえないとダメだと思う。獅子は子どもを千尋の谷へと突き落とすと聞いたことがあるけど、虎もそうだったとは……。


 だけど怖いものは怖い。過去にも魔物と戦ったことはあるけど、こんなに怖かったっけ? 前と全然違うんだけど。って幼児化する前だったか。

 それにしても前置きもなくて急すぎませんかね! ちょっと心の準備が整ってないんですけど!?


「グルアァァ!」


 ゴクリと唾を飲み込んだ瞬間、はぐれ狼が一気に飛びかかってきた。


「うわあっ!」


 思わず顔を両腕で覆って、こっちに来るなと反射のように魔力を込める。


「ギャンッ!」


 と、はぐれ狼が悲鳴をあげて後方へと吹き飛んでいった。

 腕の隙間からその光景を見ていると、自分が精霊魔術で迎撃したんだと気が付いた。


 しかし大してダメージは受けていないらしく、着地してすぐに体勢を整える。こちらを睨みつけて涎を垂らしながら、じりじりと近づいてきた。

 ずっとこうしていても始まらない。自分も一歩踏み出さないと。


 ――次はこっちの番だ。


 くろすけに手伝ってもらいながら、石のつぶてをぶつけるイメージで石の精霊へとお願いする。

 イメージ通りに石がいくつか勢いよく飛んでいき、虚を突かれたのかはぐれ狼の顔と胴に命中した。しかし致命傷には至っていないようで、怒りを滲ませて牙を剥いて飛びかかってきた。


 まだ恐怖が抜けきっていない私は、転がるようにして避けるともう一度石を飛ばす。だが今度は避けられてしまった。当てられなかったことに焦りが増してくるが、どうすればいいかわからない。


『せっかく森の中にいるのだ。アドバンテージを生かさないでどうする』


 だんだんとパニックになりかけてきたところでキースの助言が入る。すぐに理解できなくて、思わず振り返りそうになるがなんとか留まる。


『かえでの力を借りて植物をまとわりつかせて拘束すればいい』


 そういうことか!

 確かにそうだ。なんでこんなに簡単なことを思いつかなかったのか。


 さっそくイメージして精霊魔術を行使すると、はぐれ狼の足元からツタが勢いよく伸びていき、狼の体を動けないように拘束する。

 なんとかもがいて脱出しようとする狼に向かって、尖った針のような枝が伸びるイメージをかえでへと送り込む。発動した魔術はイメージ通りに尖った枝を成長させ、狼の首を貫くと。


<アイリスのレベルが2から3に上がりました>

<アイリスのレベルが3から4に上がりました>

<アイリスのレベルが4から5に上がりました>

<アイリスのレベルが5から6に上がりました>

<アイリスのレベルが6から7に上がりました>


 私のレベルが一気に上がった。

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