3 トキワ

 目覚めた時、斎は荷台の上で横たわっていた。何となく肩を触ると深紅のマントがかけられていることに気付く。斎は数回瞬きをして脳を覚醒させた。

 荷台に積まれていた荷物はすでに全部降ろされており、そこには要目と斎しかいなかった。


「お目覚めですか?」


 斎がマントを返すと要目がそのマントを羽織る。


「……ここは?」

「目的地の花園です。降りますよ」


 要目は軽やかに荷台から飛び降りる。斎はゆっくり立ち上がり、固まった体をほぐしてから飛び降りた。

 植物を使った垣根に囲まれた敷地は正門の両脇だけ石が積まれている。奥には植物が茂っており、ここから全体を見渡すことは難しかった。

 門をくぐるとまさに花園だった。

 広大な土地に膨大な花の数、その香りと色は計り知れない。

 なぜか体が疼く。斎は右手で左腕を掴むことでその疼きを抑える。


「斎、ショコララテありました!」


 要目は噴水の傍に陣取っている屋台に一目散に飛びつく。呆気にとられた斎は後れを取ったが、すぐに要目の後を追って噴水の傍まで行った。


「もらいましたー!」


 早い。

 満面の笑みで要目が両手に持ったグラスのうちの一つを斎に渡す。濃茶の液体に山盛り生クリーム、その一角にストローが刺さっている。

 だが、要目はグラスを一周させると唇を尖らせた。


「これ、チョコチップとシロップが入っていません。もらわないと」


 またもや一目散に屋台に向かって走り出す。置いて行かれた斎は噴水の縁に腰をかけ、もらったショコララテをストローでよく混ぜる。生クリームの白がチョコレートの濃茶を混ざり、淡色になる。

 その時だった。


「こんにちは」


 混ぜる手を止めて顔を上げると、青年が腰を低くして斎を覗き込んでいた。濃緑のベレー帽に同色のマントは足首まで覆っている。

 青年は斎と目があうとマントの中から右手を出す。

 指先だけ出した手袋をはめた右手をヒラヒラ振り、人懐っこい笑みを浮かべている。


「驚いたかな? 別に僕は怪しい者じゃないよ。僕はトキワ。よろしくね」


 スッと手を差し出す。

 青年――トキワの手は斎のショコララテに向けられている。斎はショコララテと手を見比べ、突き出すようにしてショコララテを差し出した。


「え? くれるの?」

「問題ない」


 口はつけていない。


「わあ、ありがとう」


 トキワはショコララテを受け取ると斎の右隣に腰をかけた。斎は気づかれないように少し距離をとる。


「一人? 誰かと一緒?」

「あ、いや」


 斎が言葉を続けようと思ったその時、ちょうど要目が斎の元へ走って来るのが見えた。右手にショコララテを、左手にはチョコレートチップとチョコシロップの瓶を器用に持っている。

 要目は斎の前に来ると右隣にいるトキワに気付き、首を傾げた。


「斎? この人は?」

「トキワ……さん」


 名指しされたトキワはストローから口を離し、ニコッと微笑む。要目は二つの瓶を斎に託すとトキワと向かい合った。


「はじめましてです。私は要目といいます」


 要目が左手を差し出すとトキワは立ち上がり、二人で固い握手を交わした。


「よろしく」


 要目は斎の手から二つの瓶を取り上げ、自分のショコララテにこぼれない程度にかけていく。

 トキワは握手を交わした手を見つめたまま尋ねる。


「君達は旅人だね。ここには何しに?」

「強いて言うなら、思い出作りです」


 トキワの表情が明るくなった。


「それはいい。ここは最高の観光名所だ。いい思い出が作れるよ」

「トキワさんは何度かここに?」

「うん。何度も来ているよ」

「では、案内してくれませんか? 何度も来ているのなら見るべき場所とか知っているでしょう?」

「ああ、僕で良かったら」


 トキワは一歩踏み出す。要目はストローに口をつけ、ショコララテを一口飲んだ。


「斎、いつまでぼけっとしているのですか? 行きますよ」

「あ、ああ」

「ついていけないなら置いて行きますから」


 要目の口調はどこかふて腐れたようだったが、原因が分からなかった斎は首を傾げた。


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