3章 丁丁発止

1 休息

 波が立っていない水面に白い液体を注ぐ。

 液体と水面の衝突。波紋。白い液体が透明な水の中で靄のように広がり白色に変化する。

 いつきは浴槽一杯に張られた風呂にまずは足先、そして全身を入れた。

 熱すぎず、冷たすぎず、心地良い。

 斎は風呂の後ろの縁に両腕を置き、もたれる。そして白い液体の入っていた瓶を天井に掲げた。数分前に要目かなめが斎に投げてよこした物だ。


「薬湯の素です。かなり良い物です」


 確かに、瓶の側面にはそのまま〈薬湯の素〉と書かれている。

 斎はベランカの一件で大怪我を負った。二日間ベッドから起き上がれず、要目に介抱されていた。回復したのはそれから更に二日後、今では普段通りの生活ができているが、ふとした瞬間に体が引きつることがあった。体の不調を言及されるのが面倒なので隠していたが、どうやら見破られていたらしい。要目はこう続けていた。


「これは体の中の回復力を底上げして不調を治す効果があります。今の貴方によく効くと思います」


 斎は瓶を浴槽の縁に置き、息を深く吐く。


(確かにこれはよく効く)


 癒される。

 斎は両腕を降ろし、肩まで浸かろうとした時、突然風呂場の扉が開いた。


「斎、タオル忘れています」

「!」


 慌てて肩まで浸かり顔だけ出す。

 浴槽のお湯は白く濁っているから顔以外は見えない……はずだ。要目が鏡台の上にタオルを置く。


「か、要目! な、なぜ入ってくる?」


 要目はきょとんとする。


「なぜって? タオルを忘れていましたので。あがった時不便でしょう?」


 その気遣いはとてもありがたい。


「恥ずかしくないのか!」


 要目はきょとんとしたまま斎を見ている。できれば見ないでほしいのだが。


「恥ずかしいも何も……私見ましたので」

「……は?」


 さらっととんでもないことを言った気がする。そして尋ねてもいないのに要目は解説した。


「大怪我した時、着替えさせたり、包帯を巻いたり」

「もういい」


 斎は要目の言葉を遮り、両手で顔を覆った。顔が紅潮している。


(恥ずかしい)


 治療に必要だったとはいえ、恥ずかしい。とても恥ずかしい。


「それにしても驚きましたね」

「っ! 何が!」


 斎の裸以外に驚くことがあるか、と抗議を込めて声を荒げる。


「貴方、そんな顔もするのですね」


 一気に顔から赤みが引いていく。

 確かに斎は要目の前で自分の感情を露わにしたことがない。あの要目が驚く程だから、今までかなり無愛想で無表情だったのだろう。


「……」


 斎は顔を触ってみるが、見えないので今どんな顔をしているのか分からない。


「でも大丈夫ですよ。斎」


 要目は扉に手をかけ、首だけ振り返って言った。


「貴方のものなんて、たいしたことありません」

「――――――――――――――!」


 思わずお湯を要目にぶっかけようとしたが、こうなることを予測していたのか、要目は素早く扉を閉めて逃げた。

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