第42話 「黒耀を凝視している」


 俺を包囲している男どもは、全ての攻撃が無意味とでも思っているのか、攻撃の手を止めていた。


 どのようにこちらを攻めれば良いのか、考えあぐねているのだろう。


 その間に、俺は敵の一人から奪った長剣へとオーラを注ぎ続けていた。


 全身に【龍鱗】を纏いながらそれをするのは、かなり神経を使う作業だ。【龍鱗】は極技ではなく単なる合技だが、技の難易度で言えば極技以上に難しい。


 これが出来るようになったのはつい最近、白銀を完成させて45層のイグニトールと戦った後のことである。


 もちろん本当の「龍鱗」と同じわけではなく、致命的な欠点も色々とあるが……俺を警戒し過ぎるがゆえか、奴らが接近戦を選択しないのはこちらにとって好都合だった。


 向こうが動かないのを良いことに、剣へオーラを溜めていく。


 そして――、


「今度は俺の番だよな?」


 十分にオーラが溜まった段階で、俺は動いた。


 クロエの上から退くように、右足を軸に横へ一歩踏み出しつつ、くるりと一回転する。


 回転しながら、剣を横薙ぎに一閃させた。



 極技【絶閃刃】――変化【絶閃陣】



 巨大で鋭いオーラの刃。


 一瞬で伸びたそれは、俺を包囲する男ども全員を、間合いの内に捉えている。


 桁外れに巨大なオーラの円刃が、俺を中心に閃いた。


≪氷晶大樹≫すら一刀両断にする刃だ。幾ら強かろうが、幾ら強化されていようが、まともに喰らえば人間に防げるような威力ではない。


 そして男どもは、咄嗟に回避の動作も取れなかった。


 胴体から両断された28人分の上半身が空中をくるりと舞い、反応が遅れてやってきたように、立ち尽くす下半身から鮮血が噴き上がった。


「…………」


 残心を解いて膝を伸ばすと、同時に男どもの下半身も支えを失ったように地面へ倒れる。


 そして手の中の長剣も、極技のオーラに耐えきれなかったのか、塵のように砕け散った。


「…………」


「……あ、アーロン、さん……?」


 敵は倒した。


 だが、俺は警戒を解かないままに、攻撃を受ける前に回収されたストレージ・リングを探すことにする。


「あった、こいつか」


 幸いにも男どもの顔は無傷だ。リングを回収した男を見つけて、その遺体を探れば、すぐにリングは見つかった。


 ちなみにストレージ・リングを別のストレージ・リングに収納することはできない。


 詳しい理由は学者にでも聞いてほしいが、どうも同一系統の空間魔法同士が干渉し合うのが理由なのだとか。


 ともかく。


 リングを回収した俺は、中から治癒ポーションと解毒ポーションを一本ずつ取り出すと、俺とクロエを除く、この場で唯一の生存者のもとへ駆け寄った。


 誰かと言えば、俺が最初に腹をぶん殴った男であり、不幸にも粉々になってしまったが、長剣を拝借した男でもある。


 何かこいつらのリーダーっぽかったので、身柄を確保すべく生かしておいたのだ。


 口から大量に吐血しながらうつ伏せに倒れていた男は、だが意識は保っていたようで、視線がこちらを向いている。


 俺は男を仰向けにすると、頭を持ち上げてから、まずは治癒ポーションを飲ませようとした。


 クランから支給された高価な治癒ポーションなので、完治とはいかないが飲ませれば危険域は脱するはずだ。


 しかし、何とこいつ、治療を拒むように口を開かない。意地でも飲まないとでも言うように、歯を食いしばっていやがる。


 俺はイラッとしながら、男の口を力ずくで開かせ、ポーション瓶を口の中に突っ込んだ。


「オラァッ! 飲めッ! 全部ゴックンしろぉッ!!」


「うごぉ……ッ!?」


 無理矢理に治癒ポーションを飲ませ、次に解毒ポーションも飲ませる。


 ジューダス君たちの遺体を調べた結果、彼らは事前に毒を飲んでいたことが判明している。こいつらもそうだとは限らないが、保険を掛けておくに越したことはないだろう。


 手こずりながらも男に解毒ポーションを飲ませると、最初に飲ませた治癒ポーションが効果を発揮してきたのか、か細いながらも男が声を発した。


「こんな、ことを、しても……無駄だ。拷問されても、き、貴様らに、教えることなど……何も、ない」


 俺はふんっと鼻を鳴らして、男の額に右手を当てる。


「お前に口を割らせるのは、俺の仕事じゃねぇよ」


 手のひらに集めた少量のオーラを衝撃力に変換し、男の脳を揺らした。


「がッ!?」


 男は一瞬だけ呻き、しかし、すぐに意識を失って両目を閉じる。


【轟刃】の応用だ。


「さて……」


 放っておけば死にそうだったので男の治療を最優先したが、これでとりあえず、死ぬことはないだろう。意識も落としたし、反撃される心配も逃げられる心配も、今のところはない。


 だが。


 俺の感覚は、まだ、もう一人いることを訴えていた。


 ――見られている。


 その場で立ち上がって【魔力感知】を全力で研ぎ澄ます。しかし、それでも何処から見られているのか分からない。


 かなりの手練れだ。


 この見晴らしの良い荒野の何処にも潜む場所などありはしない。だというのに、確実に見られている。可能性があるとすればエイルのような斥候系固有ジョブならば、自分の姿を認識させずに潜むことはできるだろうか?


(来ないのか……?)


 こちらの隙を窺っているのか、それとも観察に徹するつもりなのか。


 しばらく待ってみても、視線の主は姿を現さなかった。なので意識の一部は警戒させておき、体からは力を抜く。


 どうも襲って来るつもりはないようだな。


「あ、あのー、アーロンさん、さっきから何してるんですかぁ……?」


 戸惑ったようなクロエの声。


 そういえば、クロエを放っておいたままだった。


「ああ、いや、何でもない。……それより、そっちは大丈夫か? いきなり転ばせて悪かったな」


 背後を振り向き、今更ながら足払いで転ばせたことを謝罪する。まあ、緊急時だったから許してほしい。


「いえ、それは別にぃいいいいいいッ!?」


 なぜかクロエが叫び、顔を両手で覆った。


「あ、アーロンさんッ!!」


「何だ? どうしたいきなり?」


「お、おちっ、おちんっ……じゃなくてっ! こ、こか、こかッ」


「はあ? こか?」


「こここ、こか……いえ! ふ、服を着てくださいよぉうっ!!」


 そういえば、今は全裸になっているのだった。


 いや、好きで全裸になっているわけではない。奴らの一斉攻撃を受けた時、「アンチ・マジック・リング」と一緒に服が消し飛んだからだ。


 服の耐久力では、奴らの攻撃に耐えることは不可能だった。なのでこれは、仕方のない全裸である。


「まあ、着るけど。そう急ぐこともないだろ」


「急ぐとかっ、急がないとかっ、そういう問題ですかぁっ!? は、恥ずかしくないんですか!?」


「恥ずかしい? クロエはおかしなことを言うな? 具体的に何が恥ずかしいのか、言葉にしてくれないと分からないんだが?」


 俺は腰に手を当て、やれやれと頭を振ってみせる。主語を省略して話さないでほしい。


 クロエは耳まで真っ赤にしながら叫んだ。


「裸でいることがですぅっ!! 色々見えちゃってますぅっ!!」


「色々、ねぇ」


 色々って何? と聞いてやりたい気もしたが、キリがないので聞かないでおいてやろう。


 というか、だ。


 顔を両手で覆っているクロエだが、指の間からばっちり、俺の股間の黒耀を凝視しているのが見えてるんだが。


 気づかれてないと思っているんだろうか。



 ●◯●



 服を着た。


 ちなみに、着替えの服はストレージ・リングの中に入っていた。


 クランの活動では何日も連続で探索することがあるので、着替えは常備していたのだ。


 まあ、無くても最悪、周りに転がってる男どもから服を剥げば何とかなるのだが、それだと血塗れの服を着ることになるので、そういう意味では助かったと言えよう。


 んで。


 俺が服を着たところで、クロエが改めてこちらに向き直った。


 いや、着替え中もチラチラとこちらを見ていたのは分かっているんだが、クロエも微妙なお年頃だ。そのことには触れないでおこう。


「あの、アーロンさん、助けてくれて、ありがとうございます」


「ああ、まあ、気にすんな」


 まさかエヴァ嬢だと思ってたとか、言えないよな。そもそも奴らの言葉が本当なら、俺を誘い出すために誘拐されたようなもんだし。


「それで、ちょっと聞きたいんですがぁ……」


 どこか言葉を濁しながら、クロエが言う。


「何だ?」


「あのぅ……どうして生きてるんですかぁ?」


「……えッ!? どゆこと!?」


 生きてちゃいけないのだろうか? 俺ってもしかして、クロエに嫌われてる?


 とか思ったが、幸いにもそういうわけではないようだ。


「いえ、その……普通は死んでますよね、あれ」


 そう言ってクロエが指差したのは、荒野に穿たれた巨大なクレーターだ。それでどういう意味か理解した。


 男どもの一斉攻撃を、どうやって凌いだのかと聞きたいのだろう。


 俺は少し考え、答える。


「それは、これを使ったからだな」


 右手をあげて、肘から先に【龍鱗】を展開してみせる。


 途端、オーラで構成された、淡く輝く半透明の龍の鱗のようなものが前腕から指先にかけてを覆った。


 我流戦技――【龍鱗】


 これは【気鎧】と【化勁刃】の合技だ。


 鱗の表面に触れた物を任意の方向に弾くことができ、鱗から鱗へと滑らせることで、体の前で受けた射撃系のスキルや魔法を背後へと受け流すこともできる。


 防御技としては【連刃結界】以上に堅牢な戦技だ。


 ただし二つほど大きな欠点がある。


 一つは無数の【龍鱗】のオーラを制御するのが極めて繊細かつ難易度の高い行為であるということ。実際、白銀を完成させる以前の俺には、この戦技を修得することはできなかった。


 そして二つ目、こちらは実戦で使うには致命的な欠点だ。


 何かというと、【龍鱗】を全身に展開すると動くことができないのだ。


 全身に鱗を展開した状態で関節を曲げる――つまりは動くと、どうしても鱗と鱗が擦れ合ったり、別の部位の鱗同士が接触したりしてしまう。すると鱗同士が反発し、動きを制限するどころか、関節を反対の向きに曲げるほどの強い反発力が発生する。


 要するに、動けば自滅してしまうのだ。


 だから正直、奴らが最初に遠距離からの一斉攻撃を選択してくれたのは、色々な意味で助かった。


 安心して【龍鱗】を発動することができたし、その後にクロエを拘束していた男を排除する時にも、奴らの大規模攻撃は役立ったからだ。


 あれだけのスキルと魔法が叩き込まれたのだ。クレーターの内側では一時的にオーラと魔力が飽和状態となっており、俺が【飛操剣】を発動して上空へ飛ばすのも奴らは感知することができなかっただろう。おまけに土埃が煙幕代わりにもなってくれたし。


 まあ、クロエにはそこまでは説明しないが。


「へぇ、これってそんなに凄いものなんですねぇ……」


「バカっ!? 触んなッ!!」


 と、クロエが呆けたような顔で【龍鱗】に触れようとしてきたので、俺は慌てて【龍鱗】を解除し、右手を引っ込めた。


「不用意に触ると指が飛ぶぞ!」


「ぇ……ひぇッ!?」


 青ざめたクロエが顔をひきつらせる。


 そうして俺からちょっと身を引いた。【龍鱗】がどのようなものかは、これで分かっただろう。しかし、若干怯えつつも、クロエの疑問はまだまだ解消されていないようで、なおも質問を続ける。


「あ、あの、この人たちの攻撃をそれで防いだのは分かりましたけどぉ……いえ、普通は防げるのがそもそもおかしいんですけどね……? そうじゃなくてっ、そもそもっ、アーロンさんは「アンチ・マジック・リング」を着けられてましたよね……? それでどうやってスキルを発動したんですかぁ……? あと、どうして、ぜ、ぜ、全裸になってたんですかぁ……っ?」


 まあ、そこはさすがに不思議に思うよな。


 別に教えるのは構わないんだが、果たして信じてもらえるかどうか……。いまだにクランでも、俺が『初級剣士』ジョブだって信じてもらえてないからなぁ。


 とはいえ、俺としてはありのままを言うしかない。


「それはな、リングを着けられる前にオーラを練ってたんだよ」


「?」


 クロエは初めて別の言語を聞いたかのように、あどけない顔で首を傾げた。


 説明足らずだったかと、俺はさらに詳しく説明してやる。


「良いか? 「アンチ・マジック・リング」の効果は、装着者の体内魔力を掻き乱して、制御不能にすることだ。同時に体内魔力が乱されると、魔力をオーラに変換することもできなくなる」


「はい、そうですねぇ。さすがに私も、それは知ってますよぉ」


「ああ、でな? 実は魔力は乱されるが、オーラは乱されないんだ」


「ほぇ?」


 オーラは魔力から変換されたエネルギーだが、魔力とイコールではない。魔力とは全くの別物だ。だから「アンチ・マジック・リング」ではオーラの制御を奪われることはない。


 ゆえに、俺はリングを装着されるのをゴネて時間を引き延ばしつつ、その間に魔力をオーラに変換し、体内に留めておいたのだ。


 後は奴らが一斉に攻撃した後、体内に留めておいたオーラを引き出して体表に【龍鱗】を展開することで防いだ――というわけである。


 ちなみに服の上からではなく体表に【龍鱗】を展開したのは、首に装着された「アンチ・マジック・リング」を、奴らの攻撃によって破壊させるためだ。


 まあ、最悪自分で壊すこともできたと思うが、ついでである。


 さすがにあの一瞬では、首だけ体表で他は服の上から、などという器用な真似は不可能だった。それに体内からオーラを引き出す関係上、皮膚の上に展開する方が早くてやり易かったというのもある。


「いやいやいやっ! おかしいですよぅっ!!」


 そこまで丁寧に説明したのだが、クロエは納得してくれないようだ。


「オーラの制御が出来るとしても、新たに魔力を変換できないなら、すぐにオーラは枯渇するはずですぅ! そうなればスキルの動作も停止しちゃうじゃないですか!! いえっ、そもそもっ! スキルの持続発動はできても、スキルの発動自体を遅らせることはできないはずですぅっ!!」


 俺は何と答えるべきか迷った。


 どうもクロエは、前提条件からして誤解している。俺が行ったのはスキルの遅延発動でも維持でもない。オーラの保存とスキル(戦技)の発動だ。


 クロエが誤解する理由は簡単だ。信じることができないからだろう。


 確かに俺の言った方法ならば、「アンチ・マジック・リング」の欠点をついてスキルを発動することができる。しかし、この方法を実行できる者はほとんどいないだろう。だから本来、「アンチ・マジック・リング」にとって、オーラの制御を奪えないことは全く欠点にならないのだ。


 スキルをスキルとしてしか扱えない者は、オーラをオーラのままに留めておくことができない。


 それに【オーラ・ブレード】のようにオーラを刃の形で留めておくようなスキルを事前に発動していても、「アンチ・マジック・リング」を装着された数秒後にはスキルは停止してしまうはずだ。


 一見、消費の少なさそうな【オーラ・ブレード】でも、ただ発動しているだけでオーラは常に消費され続けている。そして新たなオーラの供給が絶たれてしまえば、オーラ不足でスキルを維持することができなくなるのだ。


 これは高威力のスキルにありがちな、溜めの必要なスキルでも同様だ。そういったスキルは「溜め」が行われている時点でスキルが発動中であり、スキルによって半強制された一連の動作の一つに過ぎない。新たなオーラが供給されなければ、スキルは途中で停止するし、オーラの制御力が低ければ、溜めたオーラはスキルの停止に伴って拡散してしまう。


 だがしかし、オーラを消費せずにオーラのままに保存しておけるのなら、「アンチ・マジック・リング」を装着された後でも、保存しておいたオーラを利用することができる。


 とにかく、ある程度オーラを制御できるならば、スキルの動作から切り離してオーラを溜めておき、それを使って後からスキルを発動することもできるのだ。


 とはいえ大抵の場合、オーラをスキルから切り離して留めておくことも、それを制御してスキルを発動することもできないから、「アンチ・マジック・リング」は魔法使い以外の戦闘系ジョブにも絶対的な効果を発揮する。


 俺のような新時代の木剣職人でもなければ、リングの欠点をつくのは難しいだろうな。


「…………」


 と――これらのことをクロエが信じるまで説明しようかと悩んだが、秒で面倒臭くなった俺は、誤魔化すことにした。


「まあ、良いじゃねぇか、難しい話は。実際にできたんだし」


「ええっ!? よ、良くないですよぉ!! とっても重要なことじゃないですかぁ!! それが分かれば、いざという時にクランの皆さんも助かるかもしれないんですよぉ!? 知りたいですぅっ!!」


「クロエは勉強熱心なんだな」


 知的好奇心が強いのだろうか? 見た目もそんな感じだし。いや何となくね? 


 なおも真に迫った様子で問われるが、すでに疑問には答えているからなぁ。


「答えた以上のことはねぇよ」


 俺の回答を信じるか信じないかは、クロエ次第だ。


「ええっ!? そ、そんなこと言わずに、教えてくださいよぉっ!!」


「ええー? でも、もう答えたしなぁ」


「そこを何とかぁ、もう少し詳しくぅっ!!」


「いやでも面倒臭――――」


 と、そこまで言ったところで、俺は腰に下げていた黒耀を鞘から抜き放ち、背後を振り向いた。


「ふひゃあっ!? ごめんなさぁっ!!?」


 いきなり俺が剣を抜いたことでクロエが叫んだが、構っている暇はない。


 背後。そこには気を失ったままの男がいる。確かに気を失ったままだ。だからこいつじゃない。


 ――魔力照射。


 何処からか攻撃が来る。


【魔力感知】を研ぎ澄ませて不意打ちに備えていた俺は、背後にクロエがいることもあって、その場を動けなかった。


 だが、それがなかったとしても、反応するのは難しかっただろう。


 なぜなら、それは俺を狙った攻撃ではなかったからだ。



 ――ばづんっ。



 と、大きいが派手ではない音がした。


 魔力の照射以外に、何の脈絡も予兆もなかった。


 音が響くと同時に、地面に寝ていた男の首が、突如として両断されたのだ。


 そしてそれっきり、魔力照射も、ずっとこちらを観察していた視線も消えてしまった。


「――――チッ!! またかよッ!!」


 思わず悪態を吐く。


 せっかく捕虜を手に入れたと思ったのに、またしても死んでしまった。たぶん、というか確実に、口封じだろう。


 徹底していやがる。


 そして――、


「今の攻撃……風魔法じゃねぇな」


 視線が消えたのを確認して、俺はたった今殺された男のそばに近寄った。


 首は鋭利な刃物で両断されたように綺麗に切断されている。しかし、切断された時に土埃の一つも立たなかったのは奇妙だし、風魔法特有の光の屈折も視認できなかった。


 一瞬で何か未知の魔法が展開され、男の首を切断すると消えたのだ。


 しかも照射された魔力の発生源を辿ってみたが、感知できた発生源は男の数メートル上空だった。もちろんそこには何もないし、誰もいない。つまりは虚空から突如として発生した魔力が男に向かって照射され、何らかの魔法を発動したのだ。


 凄まじい技量――――と、言うよりは。


 さっきの攻撃といい、不自然な魔力照射といい、そんなことができるのは……、


「空間魔法か?」


 それは根拠のない推測ではない。


 視線の主がこの男どもの上役なのだとしたら、十分にあり得る話だ。


「わわわわわっ、わ、私じゃないですよぅっ!?」


 俺の呟きに対して、クロエが慌てたようにぶんぶんと首を振り、身の潔白を証明してくる。


 この場で空間魔法を使えるのはクロエしかいないから、自分が疑われていると思ったらしい。


「分かってる」


 しかし、クロエがやったことじゃないのは、魔力を感知していれば分かることだ。あの瞬間、クロエからは魔法を使った反応など何もなかった。


 俺は黒耀を鞘に納めながら、深い深いため息を吐いて、周囲を見回した。


 捕虜もいなくなってしまったし、こいつらの死体くらいは持って帰るとするか。幸いにも男どもはストレージ・リングを所持しているようだし、それに収納すれば持って帰ることはできるだろう。俺とクロエのリングだけだったら容量不足だったところだ。


 ともかく。


 こいつらの顔から身元が判明したら良いなぁ、と期待しておこう。たぶん無理だろうが。


「で、クロエ」


「はい?」


 俺はクロエに振り向いて、とても重要なことを問う。


「クロエの魔法で、ネクロニアまで転移できないか?」


「あ~……」


 俺とクロエは同時に、荒野に穿たれた巨大なクレーターを見る。


 今は見る影すらないが、そこには転移陣があったはずだ。今は見る影すらないが。


 しかし、クロエは分家から宗家に養子に出されるほど優秀な空間魔法使いだ。クロエさんなら、もしかして……と期待に瞳を輝かせながら見つめると。


「あの、さすがに無理ですぅ。……転移陣が残っていれば、何とかできたかもですがぁ、陣がないと短距離転移が精一杯なのでぇ……」


 申し訳なさそうに答えるクロエ。


 マジか……と、俺は天を仰いだ。


 会議のある明日までに戻るのは、どうやら無理そうだ。クランマスターも、俺以外の二人から決められることになるのだろうな。


 クランを半私物化して、≪属性大樹≫の素材を乱獲するという俺の野望が、潰えた瞬間だった……。



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