第7話 報告書

 「……えっ? なにこの結末?」

 船長は十三号アイの映像を見ながら、ぽかんと放心していた。運命的かどうかはさておいて、確かにちょっとした事件は起きた。高橋もそれなりにがんばった。しかし、その相手は初登場のおじさんだったではないか。誰だ、あの人。

「惜しかったですね」あくまでクールにサヨコ。「助けた相手が島村なら、それはそれはドラマチックな出会いとなったでしょうけど。残念でした」

「……ぐっ」

 なまじっか惜しかっただけに、船長の悔しさもひとしおだった。逃した魚は大きく思えるもので、二人のあの距離、あのシチュエーションは、千載一遇だったように感じられるのだった。なにか手落ちがあったか。もっと仕掛けるべきだったか。どうせなら十三号に「高橋を突き飛ばして、島村にぶつけろ」くらいの指示を出してもよかったのではないか。

「船長」

 今度は棒状のチョコレート菓子を食べて、サヨコは言う。

「なんだね。私は今、切歯扼腕している」

「報告書をお願いします。今日の作戦の悉皆をまとめてください」

「なんと。傷ついている私によくもそれを……」

「お願いします。わたしは忙しいので」

 そう言いながらも、サヨコはぽりぽりとお菓子を食べる。全然忙しくなさそうじゃないか、という船長の視線を察してか、サヨコはマイクを手に取り、十三号に呼びかけた。

「十三号、どこでもいいからコンビニに行って」

〈了解、移動します〉

 もしかして、なにかさらなる作戦があるのかサヨコ君、と船長は期待した。さっき言っていた「こんなこともあろうかと」の第二弾的な、起死回生の作戦が。そうして見てみれば、サヨコの顔はイキイキとしている。君にまかせていいのか、サヨコ君。

「今日は、ジャンプの発売日なんです」

「え?」

 船長の顔が固まった。

「十三号、できるだけ急いで。わたしは早く今週号が読みたい。十三号アイはそのためにあるのよ」

 その後、十三号はコンビニで少年誌を買い、その店の駐車場で立って読んだ。サヨコはマイク片手に、「はい、次のページ」とかの指示を嬉々と出していた。船長はその横で、せっせと報告書をまとめていた。


〝朝とトースト作戦〟に関する報告書。

 今回我々は 高橋友彦と島村咲子とを互いに認識させるため、以下のような作戦を実行した。朝、トーストをくわえて曲がり角を行く少女の伝説を模したのである。すなわち、高橋と島村に、劇的な朝の出会いを仕組んだのである。名づけて、朝とトースト作戦。

 作戦は概ね順調に進行した。我々の計画は抜かりなく、とくに船長であり責任者である私の手腕には、一点の不手際もなかった。私は仕事のできる男である。

 ここでは過程の逐一は割愛し、結論を述べる。

 高橋と島村は、しかし、知り合いとなることはなかった。

 この結果となった原因は、作戦の出来、不出来には関わりなく、まして私がなにか失策を演じたなどということはない。重ねて申し上げるが、私は仕事のできる男である。

 原因は、日本人のつつましさ、礼儀正しく、沈黙を美徳とする倫理観にある。彼ら彼女らは、たまたま同じベンチに座った程度では、会話をしないのである。かように大人しい日本人であるから、高橋と島村も、ついぞ言葉を交わすことなく、他人のままで終わってしまった。責任は、日本という国の文化にこそ、これをもとめたい。

 以上が、作戦の内容とその結果である。

 我々はこの結果にめげることなく、次の作戦を思案中である。次こそや、必ず結果を出す所存である。その熱意をさらに高めるためにも、ぜひとも賃上げをお願いしたい。頼むよ。ちょっとでいいからさ。


 この報告書を送信したあと、本部から返信があった。異様に早かった。そこには短い言葉が書かれていた。

「賃上げの要求は無論却下だ。よく言い出せたな、この野郎。言いたいことが色々あるから、今度一度、こちらに戻ってくるように」

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