第2話 え?贈り物?
スカートの裾の部分にもレースがあしらわれているので、これをどこかに引っかけないように気を付けないとなと思いながら向かった先で。
なぜか、玄関に。
フレゥ王太子殿下が、きっちりとタキシードのような服を着こんで立っていた。
(……って!!馬車の中で待ってなかったの!?わざわざ玄関ホールまで迎えに来てた!?)
しかもこれでは、こちらが待たせてしまったようなもので。
流石にそれはまずい…!!我が家の名誉とか色々な意味で…!!
「も、申し訳ありませんフレゥ殿下。お待たせしてしまったようでして…」
「いや。私も今来たところで、公爵に挨拶をさせてもらっていたんだ。昼間とはいえ大切なご令嬢を外に連れ出すわけだからね」
私の謝罪を手で遮るだけでなく、そう言ってくれるところはとても紳士的なんだけれども。
どーっしてかなぁ…?
にこって笑ったはずの表情の中で、やっぱり目だけは笑ってなかった。
(これさえなければ、ねぇ……)
こちらも警戒せずに、親しみやすく話しやすい気がするんだけど。
どうしてもその、笑うことのない目が気になって。
「まだまだ至らぬ部分も多い娘ですので、何か粗相をしてしまわないか親としては心配なところがありまして…」
「いやいや、そんなことはない。公爵が思っている以上に、彼女はとても優秀だよ」
でもそれよりも、二人の会話の方が今は気になる。
そもそもお父様の至らぬ部分も多い娘発言は、ほぼほぼ嘘っぱちだ。そんな事欠片も思ってない。
でも万が一、粗相をしたからとこちらから王妃候補を辞すると言える何かがあれば。その時はすぐさま外そうとしてくれている。
だからこその言葉なのだ。
それに対してこの青王太子ときたら、六年の間にすっかり王族としての立ち居振る舞いや威厳を覚えやがって……。
あぁ、失礼。
でも本当に、お父様の謙遜に見せかけた辞退の道を、すっぱりと切り捨てて。
それどころか。
「あぁ、そろそろ出ないと間に合わないね。では公爵、しばらくご令嬢をお借りするよ?」
「もうそんな時間なのですね……。はい…よろしくお願いいたします」
そうやって会話さえぶった切って、こちらに手を差し出してくるから。
「行こうか、ローズ」
「……はい、フレゥ殿下」
断る事なんてできないまま、私はその手に黒いレースの手袋をつけた自分の手を重ねて。
青王太子にエスコートされながら、王家の馬車へと乗り込んだ。
目指すは、今日の観劇の舞台であるオペラハウス。
そこまでは馬車の中、向かい合って座るしかない。
いくら王家からも我が家からも一人ずつ、お付きの使用人がいるとはいえ。流石に狭い中、向かい合って長時間というのは、こう……。
圧迫感があるよね。違う意味で。
でも、まぁ…。
思っていた以上に、劇自体は面白くて。
ただの恋愛だけかと思っていたら、なかなかに陰謀渦巻く展開だった。
果たしてこれを十二歳の子供たちが見て、本当に面白いと思えるかどうかは謎だったけれど。
でも私個人としては、とても面白かったと言える。本心から言える。
だってまさか、ヒーローとヒロインのどっちの親友も裏切っていたなんて…!!
あんな大どんでん返しな結末、誰が予想できたっていうの…!?
裏切者は一人だけだと思っていたから、まんまと騙されたわ…!!
悔しいけど、すごくよくできてたと思う。脚本も構成も。
ミスリードも含めて、本当にすごかった……。
「楽しかったかい?」
そんな風にうっとりと思い返していたからだろう。
帰りの馬車の中で、楽しそうにそう問いかけられたから、思わず。
「はい!とっても!」
なんて。
今までこの王太子殿下の前では見せたことのない、満面の笑みで返してしまった。
「っ……そうか…。それなら、よかった」
すぐに気づいて、やってしまったと思ったのだけれど。
まだまだ子供なんだし、このくらいの無邪気な言動は許容範囲のはず。
……たぶん…。
……いやいやいや。むしろ素直に喜ぶべきところだから、これでいいはず。間違ってはいない、と…思う。
「あぁ、そうだ。この日のためにと、ローズに用意したものがあるんだよ」
「私に、ですか…?」
その瞬間、なぜか嫌な予感がしたのは……たぶん、気のせいじゃない。
こと、この青王太子に関しての悪い予感というのは、今のところ全て当たっているのだ。嬉しくないことに。
だから最近ではもう、この王太子様の発した言葉だけでその予兆が感じ取れるようになってしまった。
繰り返すけれど、嬉しくないことに。
だから。
「君に似合うと思ってね。受け取ってくれる?」
「……ありがとう、ございます…」
差し出されたビロード張りの小さな箱は、受け取るのを拒否することなんて出来るわけがなくて。
手に取ってもまだ向けられる視線に促されるまま、そっとその蓋を開いてみれば。
「わぁ…!素敵……」
金の土台に、白いバラが彫られたカメオ。その周りに控えめだけれど、上品にレースがあしらわれた白いリボンがついたバレッタ。
センスのいい贈り物とはこういうものだろうと思わせるほど、一目見て全てにおいて最高級品が使われていると分かる職人の技が光るその品。
(…………ん……?あれ…?)
え?贈り物?
これ、が?
フレゥ殿下から、
(そんな、はず……。え、だって、これ……)
確かこれは……ゲームの中で、たとえ衣装が変わろうともローズが肌身離さずつけていた、唯一のアクセサリーで……。
「気に入ってくれたようで嬉しいよ」
あまりの衝撃に、どういう事なのかと混乱した頭でそれを見つめていた私は。
かけられた声と同じように、ふんわりとした笑顔でフレゥ殿下がこちらを見ていたなんて。
一切、気づきもしないまま。
この時、いつもは笑っていなかった目が、初めて緩められていたことにも気づかなかった。
もしも、この時。
私がその表情を、見ていたら。
この先の未来が、ほんの少し、変わっていたかもしれなかったのに。
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