令嬢編

第1話 え?デート?

「え?デート?」

「お嬢様?どうかしましたか?」

「あぁ、いえ。何でもないわ」


 受け取った手紙の内容を読んでいるうちに、無意識で声に出してしまっていたらしい。



 正式にフレゥ王太子殿下の婚約者候補となってから、早六年。

 その間に時折お城に顔を出しつつ、全員が王太子様と交流を持っていたわけだけれど。

 私は必ず、二人きりでバラ園で会うのが定番になっていた。


 それが、なぜか。


 今回に限って、観劇に行きませんかというお誘いの手紙。


 これをデートと呼ばずして、何と呼ぶのか。

 っていうか、王太子から直接外出しましょうとかいいのか?

 いや、まぁ…普通に考えて、向こうが言い出さない限り不可能なんだけれども。

 そうじゃなくても、普通の貴族の婚約者同士だって出掛けませんかって声をかけるのは男性の方かららしいし。


 でも、さぁ…?


「これは……お母様が言っていた、今はやりの恋愛劇なんじゃないかしら…?」


 よりにもよって、それ、選ぶ?

 確かに食事とか買い物とかを気軽に出来るわけじゃないし、何より王族が出かけるとなれば警備も考えないといけない。

 いける場所といえば、演劇か演奏会か。そのくらいなんだろうけれども。


 だったら無難に、演奏会がよかったなぁ……。


 こんなあからさまな内容のものを、しかも婚約者候補でしかない相手と見るって?

 誰だよ、そんな事進言したの。

 年頃の男の子が思いつく内容じゃないぞ?これ。


 例えば、だ。

 前世の中学生男子が、同級生の女子と恋愛映画なんか見るか?見ないでしょ?

 それと同じで、明らかにこれは誰かの入れ知恵でしょ。


 万が一。

 万が一、そうじゃなかったとしても。


 その時はその時で、あの青王太子様がませすぎなのか天然でタラシなのか。


「…………後者の可能性、高いわね……」


 何せ初対面で、人の髪を褒めてきた相手なのだ。

 あんなこと、幼稚園や小学生くらいの男の子に出来るわけがない。

 いくら王族とはいえ、あまりにも口説きなれし過ぎてる。


「お嬢様。当日の御召し物はいかがいたしましょうか?」

「え?あぁ、そう…ね……」


 思い出しつつ若干身震いしそうになっていたら、現実に引き戻された。

 どちらにしろこの手紙が届いた時点で、こちらに拒否権など一切ない。決定事項として伝えられたようなものだ。

 だから、観劇に出かけるのにふさわしい格好を考えないといけない。それは分かってる。分かってはいるの、だけど……。


(気が進まないなぁ…)


 六年経った今でも、あの王太子様は目が笑ってない笑顔を向けてくる。

 震えあがるほど怖いと思うことはなくなったけれど、それでもやっぱり怖いものは怖い。

 あの笑顔の裏に、何が隠されているのか見当がつかないから。

 まぁこいつが一番妥当だろうとか、そういうことを考えられてるんじゃないかって。そう思ってしまう。


(それならいっそ、今すぐにでもヒロインに出会って恋に落ちてくれたらいいのに)


 思わず零れてしまったため息は、メイドからすると悩んでいるようにしか聞こえなかったようで。


「心配なのでしたら、一度奥様に相談されてみてはいかがですか?」


 なんて。助言をいただいてしまった。


「そう、ね……そうしましょう」


 確かにそれもいいかもしれない。

 無難に。あくまで無難にやり過ごしたい私としては、気合を入れすぎるのも入れなさすぎるのも難しいから。

 もういっそ、人からの意見を全面的に参考にしてしまおう。



 そう、思って。


 当日、出来上がった私は……。



(完っ璧に、令嬢のデートスタイルよね、これ……)


 私に似合うと言われている真っ赤なドレスは、この頃使われることが多くなった黒のレースをふんだんにあしらって。デザインはまだまだ子供から抜け出せていない、露出の少ないものではあったけれど。

 それでもところどころ大人になりかけている女性を表現しているかのような、色っぽさが演出されていた。


(特にこの腕と、首元から胸元を隠している黒レース。これ……今の年齢の私が着ても、十分似合うのね…。すごいわ。流石ローズ)


 隠しているようで、完全には隠れていないそれは。何とも艶かしい雰囲気を漂わせていて。

 弱冠十二歳の子供が着こなせるようなデザインには、どう考えても見えなかったというのに。

 不思議と似合ってしまうのは、ローズの外見が少しだけ大人っぽいからなのか。


(しかもスカートの始まりの辺りにも黒レースを使って、下の赤い生地を透けさせていたり…。これ、デザイナーは凄いことを考えるのね)


 しかも今回はいつもと違い、髪留めすら黒レースのリボン。

 徹底して、少女ではなく女性であることを強調させていた。


(似合う。めちゃくちゃ似合う。似合う、けど……)


 この本気度合いは、いかがなものか。


 というか、ここまで本気にして欲しくはなかった。

 そこそこでよかったんだ。そこそこで。


 なのにどうして……


 どうして、こうなるんだろう……



 心は落ち込みながらも、必死で笑顔を取り繕って。


 私は迎えに来たという王家の馬車に乗り込むため、部屋を後にしたのだった。




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