第6話 インストゥルメンタル・トリックスター

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 ティンパニが強烈に鳴り渡るのと、バシキロフが爆発的な気迫を放ち、髪を跳ね上げ両手を大きく広げ跳躍するのとまったく同時だった。

 目と耳と心が同時に刺激され、何が起こったのか一瞬理解できないでいるうちに音とバシキロフはもう次の行動に入っている。

 弦楽器と打楽器が先刻の強打と同量のエネルギーを三音をかけて放出し、バシキロフは内側に倒れたイーグルで氷上に小さな円を描いた。

 ついで弦楽器と管楽器が壮麗なレガートを奏で、同じイーグル体勢でより大きな真円を一気に描く。

 激しい打音から生まれたエネルギーは宙を走り、そして生みの親のもとに帰っていく。バシキロフが円を描いて元の位置に戻ったことで、それが理解できる。

 打音が再びさらに大きく響き、バシキロフも跳躍した。突風の熱気がまた空間に炸裂する。だが動揺はもう感じない。次に何が起こるのか予測でき、早く見せて欲しい期待で一杯になる。

 やはりまたイーグルを回った。しかし先刻よりはるかに早いスピードでより大きな円を描き、楽器の音も力強さを増している。

 回りながら音は消え、バシキロフの体も内側に倒れてゆき、静寂と停止を予想した瞬間、音と動きが宝石箱をぶちまけたように迸った。

 たとえ一瞬でも押しこめられてしまった鬱憤を一気に晴らそうと、音と身体は空中と氷上を暴れ回る。

 小節の冒頭で音が強く弾き出され、バシキロフはバレエジャンプで跳躍した。

 一切のずれなく起こった二つの躍動が再び観る者の目と耳を同時に射り、音は激しく乱高下し、氷が小さく大きく切り刻まれ、肩の位置が上下して空間をかき回す。

 二秒足らずの間に一つの小節と大跳躍グラン・ジユテと超高速の舞がつめこまれ、違えることなく生真面目に六回繰り返された。

 音楽に合っているという次元を超えた音の実体化だ。

 現れる音の響きを人間の動作に置き換えたらこういう姿勢と変化にしかならないだろうと思わせられる、そんな動きを次々に連ねていく。

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